始まりと始まりの関係
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「ね、帰りましょう、荒井さんが変なテンションになって飛び降りない内に!」
「どうして僕が飛び降りることが前提なんですか……」
このやりとりを繰り返すこと数分。
どうしよう。とめたほうがいいのだろうか?
1とめる
2もう少し様子を見る
状態で2を選びっぱなしだった語り部のひとり、風間望が、とうとう1を選び荒井と主人公の間に割って入った。
「ほらほら、いい加減にしないとまた蹴られちゃうよ、土生さん」
風間望はそう言うが、無論さっきのようなへまはしないつもりだ。
だがやはり直接言われると、さっきしでかした失態をより強く実感してしまった。
「折角だしここで話したい気持ちも分かるけどね、土生さんは下級生なんだし、君が引いた方がいいと思うよ」
お前が言うか。
一瞬口調もキャラもかなぐり捨てて突っ込みたい衝動に駆られた荒井だったが、荒井が口を開く前に再び藍が荒井の手を掴んできたため、喉から出かかった言葉はまたしても引っ込んでしまった。
「うわわわわわ!飛び降りの次は対決フラグじゃないですか!駄目ですからね!荒井さん、カッターで腕切るなんてことしないで下さいね!血を見ることになりますよ私が!」
「……貴女はどうあっても僕を自殺させたいんですね?」
「自殺を止めようとしてんですよ!」
だからその、自殺がどうのという発想はどこから出てきたのか。話しぶりからすると、目の前で人が飛び降りるか自殺するのを見せられた過去でもありそうな様子だ。それを飛び降り実験の話で思い出した、というのが無難だろうか。荒井は藍の手を外し、フェンスの方へ歩き出した。
「え?」
なにも飛び降りようと思ってのことではない。少しだけ藍の恐怖心を煽ってやろう、と思っただけだ。
「……貴女が過去に自殺する人を見送っていたとして、その原因は貴女かもしれません。その可能性を考えたことはありませんか?」
「――そ、れは……はい……あります……(ゲームの選択肢的な意味で)」
「そうでしょうね。自殺する人というのは、大抵は逃げの感情で自殺に踏み出すものですから。知らず知らずの内に、貴女自身がその人を追いつめていたのかもしれませんね。――今みたいに」
「今ってあ、荒井さん!?」
荒井が片足をフェンスに賭けた瞬間、悲鳴のような声が響く。勿論フリだけだったが、混乱した藍には充分に本気の行動に見えてしまったらしい。そこまでは荒井の思惑通りだったが、この土生藍という少女、荒井の思惑通りに沿って尚、思惑を超える行動に出てきた。
「駄目―――――――――――――!!!!!」
陸上部も真っ青な勢いでスタートダッシュを決めた土生藍は、フェンスに片足を掛けていた荒井に――
――その勢いのまま突っ込んできたのである。
振り返り、彼女の姿を目に入れたものの、荒井はそれに対処できるほど素早い反応ができなかった。
抱きつかれる形でタックルをかまされ、背中をしたたかにフェンスで打つ。
「……っ!」
精神的にも物理的にも息の詰まる衝撃に、再び荒井の意識が真っ白になる。
荒井昭二、元サッカー部。
人生で初めて、女生徒に二度も膝蹴りを叩き込んだ瞬間だった。
後に新堂誠からしみじみと、なかなかいい蹴りだったと称賛の言葉を貰ったが、全くもって嬉しくなかった。
*****
腹を押さえた私に、語り部の人たちがぞろぞろと付いてくる。屋上からの帰り、誰も私に労わりの言葉を掛けてくる人物はいない。薄情だ。
「あ、土生さん、飲み物買って行かない?」
「えっ、でも財布が」
「このメンバーの分くらいなら私が出すよ!私お財布はいつもポケットに入れてるからさ!お願い、喉渇いちゃって。他の皆さんは先に部室に戻ってくれてていいですし!」
唐突な福沢さんの提案に、溜息を洩らしながらも語り部達は福沢さんと私を見送った。
「僕コーラねー!」
紙コップもできれば買ってきてー!とちゃっかり要求してくる風間さんに手を振り、福沢さんは私を引っ張って自販機のある売店のところへ走る。ちょっと痛い痛い痛い。荒井さんに蹴られた鳩尾がまだ痛い。
「ねーえ、土生さん」
走りながら、福沢さんが話しかけてくる。天真爛漫そうな、元気いっぱいの声だった。
「土生さんって荒井さんのこと好きなのー!?」
その元気いっぱいの声で何言い出しやがるこの娘!?
何もない廊下で蹴躓きそうになりながら、私は力いっぱい違う違う違う!!と否定した。何がどうなって今日初めて会った先輩に惚れなくちゃいけないんだ。
「だってさっき抱きついてたしー。自殺を止めるとか言ってそのままあわよくば……」
きゃー!と言って片手を頬に当てて騒ぐ福沢さん。動作も会話も女子力いっぱいだけどごめん、私その話題ノッてあげられない。違います!と自販機の前でもう一度強く否定すると、福沢さんはつまらなさそうに自販機にお金を入れた。
「ふーん、まあいいけどね。なんだあ、面白いことになると思ったのに」
「面白いこと?あれですか、修羅場的な」
「修羅場……うんそーね、ふふ、修羅場……修羅場だねえ。夜の学校で抱きつき抱きつかれた男女のドラマがありそう」
立て続けに爆弾投げてくるなこのかしまし小悪魔。
ちらちらと感じる視線や探るような声に更に私は俯いた。
時間が経つごとに視線を向けられる間隔が長くなって、ああ、もう限界、と思った時に自販機が『当たり!』と機械的な声を出した。
この時ばかりは私も自販機に物凄く感謝した。
*****
「そしてこちらが当たりで出てきた缶なんですが、誰か飲みます?」
少し息を切らしながら、部室に戻っていたメンバーに、真っ白な、何も印刷されていないアルミ缶を見せる。息が上がっているのは、風間さんご所望のコーラを探し校内を練り歩いてたからだ。ここからかなり離れた食堂の自販機にしかなかった。くっそ疲れた。コーラに消しかすいれてやろうかと思った。
皆さん押し黙ったまま、何も答えてくれない。そりゃ、こんな何が地雷か分からない学校の自販機から出てきた謎の飲み物飲みたくないだろう。唯一福沢さんだけが、皆の言葉を代弁するかのように緊張した面持ちで口を開いた。
「ねえ土生さん、お化け自販機の話、知ってる?」
「四話目ですか」
問いかけた私に向かって、福沢さんは慌てたように手を振った。
「違う違う!それとは別に階段の話用意してきたの私!あのね、十三階段の話、知ってる?」
あっしまった四話目始まっちゃったよ。階段の怪談か……とか寒いシャレ思いついてる場合じゃない。結局なんなの今のお化け自販機って。
真相は分からなかったがこの缶がロクなものでないということは分かったので話を聞きながらテーブルから下げた。
缶を床に置いた後、私が姿勢を正すと、福沢さんは待っていたかのように質問を投げてきた。
「土生さんは旧校舎に行ったことがある?」
「――ん〜〜〜……話では聞いたけど直接行ったことは……」
「えっうそっ!」
……えっ旧校舎って立ち入り禁止なのにそんな驚かれるほど人の出入り多いの?浮かんだ疑問をそのままぶつけると、語り部の皆さんから肯定の頷きを返されて私は頭を抱えたくなった。曰く、女子の間では絶好の告白スポットになっているだとか、男子たるものこんな絶好の冒険の場所を放っておけるか!だとか、単に一人になりたい時に向いてるだとか。お前ら、この学校の奴ら。アホですか。こんな妖怪怪異てんこ盛りの学校の中で進んで心霊スポットに行くとか、ホラー映画で一人になりたがる第一被害者より意味が分からない。
「そっかあ……じゃあ階段の話しても臨場感ないかあ……じゃあ別の話にするね。階段の話は、また七不思議じゃない、別の機会に話してあげる」
「あ、本当ですか?」
うん、と頷き、福沢さんはにっこりと笑った。
「機会が在ったらね」
*****
機会があったら、なんて、随分残酷な言い回しをするものだ、と風間は周りに気付かれないようにほくそ笑んだ。次の機会なんて、訪れることがないことなど、分かっているくせに。
福沢は相変わらず、一見可愛らしく聞こえる言葉で辛辣に相手の心を抉ってくる。今回は恋人から貰った指輪を没収した教師の、悲惨な末路の話。藍が心霊的な話を怖がらないからどちらかというと現実味のある話にしたんだろう。可愛い恋物語だと見せかけておいて、後で突き落す、後味の悪い語り方だ。
風間がするには向いていない語り口である。
怖い話というものは、簡単なようで、実際は技術と素質が要る。素質というものは、見た目であったり、声質であったりするが、その辺りの技能が風間にはあまりない。なさすぎて、日野にはくれぐれも獲物をからかい過ぎて怒って帰らせるような真似はするなと言われたし、周りの語り部達にもヒソヒソと「何で一々ふざけた言動をするのか?」「うっかり調子に乗りすぎて獲物に計画の事を勘付かれたらたまらない」など言われたりした。
風間的には、そりゃあ多少は狙って茶化している部分もあるが(風間本人は認めないが素でボケている場合もある)、それはしょうがないではないかと思う。
自分の顔や声は女の子たちを喜ばせるのには向いていても、女の子を怖がらせるのには向かないのだ。このメンバーの中でそれを主張しても負けた気になるだけで癪なので、その辺りは小手先の器用さを生かして手品モドキで補っていたりする。日に日に手品の腕が上がっていく一方だと、風間は少し口を尖らせた。
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あとがき。(2013.12.25)
福沢さんが言っているのは文字通りの意味の修羅場である。
皆さまメリークリスマス。
聖夜に殺クラ小説書いてるとなんかシュールな気分になるね。