始まりと始まりの関係

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「私はE組なんて聞いた覚えないよ」
その言葉を聞き、岩下は顔を上げる。


「風間君、貴方はどうかしら」


岩下に合わせて少し身を屈め、風間が押し殺すようにいう。


「僕は今回覚えてない。元々あまり獲物のクラスには拘らない性質なんだ」


掲示板から部室に戻るまでの道で、列の一番後ろに並んだ岩下と福沢、風間はぎりぎりまで声を落として会話する。というより、岩下の不満げな表情に気付いた福沢がフォローを入れてきたという感じだ。

岩下は確かに、E組と聞いたはずなのだ。記憶があるかといえば、頷けない。E組だと聞いた覚えはあるのだが、それを日野が直接言ったのか思い出そうとしても、その記憶は見つからない。しかし、E組だと聞かない限り、岩下が愛しい弟のことを思い出し、話そうなどと思うはずがないのだ。普段も極力弟の話は憚っているのだから。


記憶と感覚が、一致していない。


岩下の不満の原因はそこにある。もしや殺人クラブぐるみで岩下の記憶を操作し、陥れようとしているのかとも思ったが、獲物の性別を疑った時に風間も同意したため、その可能性は低い。風間も同時に嵌められている可能性もあるが、それは獲物を仲間のいない状況で、孤独を抱かせいたぶり殺すことを好む日野の趣味ではないような気がした。過去に仲のいい獲物を二人掴まえて、片方を先に殺し、もう片方に絶望を抱かせるなんて余興を行ったことはあるが、そんな余興にできるほど岩下も風間も互いにそこまで相手に入れ込んでいない。あと、一度に複数殺すやり方は周りにばれずに片付けるのが異様に大変だったのでもうしないだろう。
あの時は深夜テンションだった、反省する。と部会の時全員で頭を垂れたのは記憶に新しい。
ならばこのじわじわと襲い来る違和感はなんなのだろう――そう思っている内に部室についた。
一応今の獲物である土生藍に不信を抱かせない様、優しく笑いかけてから岩下は席に着く。
嵌められていようが、獲物が違おうが今はいい。その時は愚かにも岩下に嘘を吐いた罰を下してやればいいのだ。岩下はポケットの中に入ったカッターを愛おしげに撫で、会の行く末を見守ることにした。





*****





トイレに入った男子が謎の蜘蛛女に襲われ、卵を産み付けられ、翌日変死体で見つかった、というところまで聞いて私はむき出しの両腕を擦った。


「気持ち悪う!その蜘蛛まだ駆除されてないんですか!?」


全身で怖がるというか気持ち悪がる私に、細田さんが唇を捲れ上がらせて笑った。


「そこまで怖がって貰えて嬉しいなあ。でもトイレの事は嫌わないであげてね」
なんかどっかで聞いたフレーズだ。TIL48の細田友晴とかいう謎の単語が私の頭を過ぎった。トイレのスッポン持って踊っていそうである。
「ううぅ、心霊系はイケますけどこういう虫系都市伝説系はやっぱ苦手……!おまけに卵とか、気持ちわるー」


腕をさすりながら言うと、向かいの席の方で新堂さんがほう、と意地悪そうに笑ったのが見えた。


「ななななんで新堂さん笑っておられるので……?まさか新堂さんもソッチ系ですか」

「あ?話していいのか」

「あっすいませんっしたちょっと考えさせて下さい」


やばい普通に怖い話楽しんでた。危ない。慌てて待ったをかけると、新堂さんはつまらなさそうに口を尖らせる。


「じゃあ、次は誰の話を聞くんだ」

「えーと」


残るは新堂さん、風間さん、福沢さん、荒井さん。この中で選ぶとしたら確実に安全圏な福沢さんだ。福沢さんに頼もう、と口を開いた瞬間だった。


「次は僕からお話させて頂いていいですか」
「……えっ」
私の隣の荒井さんが感情の読めない目でこちらを見ていた。えっちょ、語り部自ら話を切り出すとか、こういうパターンもあるの!?


「都市伝説のお話が苦手とのことでしたので、折角ですから人間の狂気のお話をしようかと。屋上での飛び降り実験の話です。……ああ大丈夫です、ちゃんと心霊的な要素も入っていますよ」

「……あ、じゃあ荒井さん、お願いしマス……」


恨みます。ノーと言えない日本人気質。まあ、狂気とか確実にアホが話しそうな内容ではないからいいんだけど。


「飛び降り?まさか昨日のニュースの話じゃないですよね……」


前口上を聞いて首を傾げる私に謎めいた微笑で荒井さんは答えた。


「さて、どうでしょう」


荒井さんはそう言って、相沢さんという人の飛び降り人体実験の話を続けた。二度、三度と実験のために屋上から人を落とし続けた生徒の話。
私はしきりに手元のノートに目を落としていた。
……やっぱり都市伝説というか、実際にこういうことありました系は駄目だ。なんかやけに背筋が寒くなるんだよね。っていうかゲームしてたときも思ったんだけどこの学校物騒過ぎるだろ。学区の自由化があればたちまち入学者がゼロになるレベルだ。それとも噂が多いだけで、実際に人死になんてことは起こってないんだろうか。あ、でも今朝のニュースでお母さん大して動揺してなかったような……そういえば今まで気にしてなかったけど家族はどうなってるんだ!?やっぱり偽物なのか!?



「……聞いてますか?」

「あっハイ聞いてます大丈夫です」

「どこか上の空だったように見えましたが」

「最初に飛び降りが出た時点で屋上を立ち入り禁止にしないこの学校の校長はバカなのかとは思ってました」



荒井さんが口を噤んだ。



「……そうですね。事態を深刻にとらえていなかった校長や、校長に注意を促さなかった周りの人間にも責任はあります」



な、なんか声のトーン下がってませんか荒井さん。私なんか粗相をしましたか荒井さん。




「では行きましょうか」
さらっと言われた言葉。


軽く頷いてから、私は一拍置いて聞き返した。


「行く、って?」


「やっぱり聞いてないじゃないですか。屋上ですよ」


屋上って確か荒井さん飛び降りフラグじゃなかったっけ?
私が思い出そうとしている内に、荒井さんはさっさと席を立ち、ドアの方へ向かってしまう。
その背を慌てて追いかけながら、私は必死に荒井さんを引き止める方法を考えていた。





*****





「皆さん、お時間大丈夫なんですか?」


屋上までの道程の間、しきりに話しかけてくる藍に、荒井は適当に頷きつつ足を進める。聞き手だというのによく口の回る人だ。自分自身が初対面で気さくに話しかけて交流を深めるタイプではないので、物珍しくはある。しかし自分はこの女生徒と仲良くなりたいとは思っていないため、さっさと黙ってくれないだろうかという気持ちの方が大きい。気を抜けば早足になりそうな自分の足を叱りつけて、極力ゆっくりと屋上へとたどり着いた。

閉鎖的な空間から外に出た、この屋上に上がる瞬間と言うものは、いつ味わってもいい。できれば集会に関係ない日の放課後、一人で佇んでみたいものだ。そう思いながら、荒井はゆっくりと話の続きを話すべく藍と語り部達の方を振り返った。

が、ここで誰もが予想していなかったことが起こる。




「――荒井さんっ!!」







いきなり土生藍が、荒井に駆け寄ってきたかと思うとその手を掴んだのだ。

不意を突かれ、出かかっていた言葉が喉の奥に引っ込む。

さっきも言ったが、荒井は友達はそこそこ多いが初対面の人物と臆面なく和気藹々とするのは苦手なのだ。ましてや、相手は同年代の女子。パニックにもなる。




――顔が近い!!
瞬間的にそう思った事は覚えている。だがそこから先は、完全に荒井の意識の外の出来事だった。
重心を落とし、片足に体重を掛け、もう一方の足の膝を前に突きだす。

気付けば、鳩尾のあたりを手で押さえた土生藍が荒井の足元で蹲っており、少し離れた位置で見ていた語り部達があちゃあ、という感情を表情に浮かべていた。

「あ、荒井さん意外と足癖悪い……」

呻くような声で土生藍が声を絞り出す。


「荒井さん、もう戻りませんか……」

「は……何を言っているんです、写真も撮っていないし、話の続きも聞いていないでしょう……」

「ようく考えたら屋上の写真は昼に取った方が映りがいいです……話なら部室で聞きます」

「別にここで話してもいいでしょう」


怖い話の話し手はもう慣れたもので、すらすらと言葉が出るが、自分とはタイプの違う人間の説得をするのに苦労する荒井であった。


ここで妥協する気はさらさら無い。


変なところで負けず嫌いの荒井にとって、戻る戻らないの押し問答はかなり難しい問題になった……。






「だから!目の前で飛び降りとかされるのマジトラウマなんですよ!五臓六腑が縮む心地なんですよ!ほんと勘弁して下さいマジでっ!」










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あとがき。(2013.11.24)

屋上飛び降りフラグは隠しじゃないと出ないから大丈夫よ夢主。思い出せ。

細田さんの話してたトイレの話は晦で良夫が話してくれるお話。風間が出てきたんだから細田も来るだろコレと思いつつ読んでたんですが、細田のほの字も無かったわ。



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