始まりと始まりの関係

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「悪いけど一分だけ時間ちょうだい。美術室の入り口のドア開けてくる。何かあったら急いで階段駆け下りよう」


階段は美術室を出てすぐ左だからすぐ助けを求められるから。そう打ち合わせをして、顔を見合わせる。そっとドアに近付き、小声で「せーの」と言ってドアを引いて開いた。

薄暗い準備室の中は、ほこりっぽいだけで別段変わった所は無かった。中学校の準備室とあまり変わらない。絵が沢山収められてる棚と、訳の分からない模型、あとこれは講師用のものかな?傷だらけの机がひとつあるだけだった。白骨死体なんてありゃしない。これで電気が付かなかったり、怪しい音でもしてきたらまだ雰囲気が出たんだろうけど、聞こえるものといったら自分たちの上履きの音くらいだ。電気も普通につきやがった。しかもこれLEDだ。明るいなちくしょう。


「……なにこれ?ただの準備室じゃん。やっぱり何かがひっかかってただけ?……なにやってんの藍」

「いや、折角だからひとつくらい盗聴器仕掛けとこうと思って」

「勝手にやってな。はあーあ……」


期待していたのに、蓋を開けてみれば、というかドアを開けてみればただの準備室。一気に興味を無くしたのか、友人は肩を落として部屋を出て行った。私は机の引き出しを引き抜き、奥の方に盗聴器を貼り付ける。背後の方でドアの閉まるガチャンという音がした。さて、これで引き出しを戻せば大丈bってちょっと待て今ガチャンっつった!?あのバカドア閉めていきやがった!またドア開かなくなったらどうしてくれるッ!?

慌ててドアに駆け寄ってドアノブを掴み、押す。開かない!えっうそうそマジでふざけんなちょっとこれ閉じ込められっ…………………………このドア引くタイプだったわー……押してダメだったから引いたら普通に開いたわー……ベタな取り乱し方した自分に引くわー……



私はドアをくぐりぬけて、美術室の中を見た。

美術室にあるのは机と、誰かの描きかけの女性の絵が一枚あるだけだった。友人の姿はない。ちょっとくらい待っててくれてもいいじゃん、けちめ。
丁寧に窓もドアも鍵を掛けて出て行ったらしい友人に心の中で舌打ちをして、美術室を出た。ら、丁度美術室に入ろうとしていたらしい人物にどんっとぶつかった。ええと、誰だっけこれ。

「……土生?美術室でなにをしていたんだ?」

「あ……ま、増村先生」

そうだ、美術の先生の増村先生だった。………………今一番会っちゃいけない人じゃんっ!!どうしよう。これどうしよう。

1笑ってごまかす
2素直に謝る
3あっあれはUFO!?と言って逃げる
4とりあえず踊ってみる



4は却っっっ下!!こんなタイミングでいきなり踊ったら黄色い救急車呼ばれるわ!ダンス好きだけどね!


「へ……えへへ……」

「いいか土生、授業以外ではここに入るな」


増村先生は眉を寄せたまま、怒ったような顔でしばらく美術室を眺めていた。私は先生の顔を見つめてただじっと待った。もうなにもいうことはない。私は増村先生がまだ追及するというなら、そこで逃げ出すつもりだった。そのとき美術教師は、出会ってから初めての激しさを私に見せた。目を光らせて叫ぶ。


「……あの絵は、君が出したのか!?」

「……絵?」


先生の視線は私を素通りして、私の後ろにある、描きかけの女の人の絵に向けられている。訳が分からず首を傾げれば、先生は少し慌てたように首を振った。
「いや、知らないならいい。遅くならないうちに帰りなさい。日が長くなって来たとはいえ、この辺りには不審者も多い」
あ、追及されなかったラッキー。私は元気よく返事を返し、先生の脇を通って美術室から出た。左に曲がって隣の教室を見ると、先生のものと思われる絵が何枚か机に並べられていた。そういえば、増村先生は個展なんかも開いているとか聞いたことがある気がする。まさかずっと隣の部屋で出展の絵を選んでたのか。盗聴器とかのこと聞かれてないといいけど。ま、その辺りは何も言われなかったから聞こえてなかったんだろう。気にしないことにして階段を降りた。階段を降りている間、熱気が顔に当たって汗が噴き出してくる。まだ夏服移行期間だけど、やっぱり長袖は無理があった。私も明日から半袖にしてこよう。

「……ん?」


私、何か忘れ物してないか?



そうだ、私、心霊研究部の部室にコートを置いてき――


「こらあっ!」

「!」

「今日は早く帰れと連絡があっただろうが!なぜ残ってる!」


階段下から響く声は、たぶん見回りの先生。私は慌てて謝って階段を駆け下りた。早く帰れとか連絡あったっけ?HRは基本的に手遊びしてるから先生の話は聞いてない。そんな連絡入ってたんだ。
聞いたような気がしたが、はっきりとは分からなかった。見回りの先生は残念そうにいった。


「今日は、あまり仕事がないと思ったんだけどな。だめか、やっぱりいう事を聞かない生徒もいるもんな」

教育と仕事が密接に関連した先生みたいな人は、不景気の日本でもまったくしあわせなものだ。今日は仕事がないなんて今日日あんまり聞かない。すれ違う時に溜息を零した先生に、心の中で舌を出して、私は昇降口に向かった。





*****





朝起きると、壁に掛けて置いた冬服が夏服に変わっていた。お母さんが気を利かせてくれたんだろうかと思いつつ、制服に腕を通して、朝食を食べに下に降りた。食パンを齧りながらニュースに目をやると、うちの学校で自殺した人が居るというニュースが流れていた。昨日早く帰れと言われたのはこれか。


「橋本って、知ってる人?」
「知らないと思うー」
「そう、やーねえ、身近な所でこういう事件があると。……ほら藍、早く食べて。片付かないんだから」


急かすお母さんに押し出されるようにして、私は台所を出た。身近な人が一人いなくなったからって、顔を知らなけりゃ世間の反応はこんなものだ。逆に人が一人くらい増えても、誰も気付かないんじゃないかと思ってしまうくらい、世界は乾いている。





*****





いくら鈍いとはいえ、校門まで来たら流石に私も違和感に気付いた。



まず、校舎がでかい。

私はなにか改修工事をした後がないか、工場のように馬鹿でかい校舎を見つめた。

そこにはこれからHRを受ける生徒たちが入っている。
これはほんとうについ昨日、私が通っていた学校なのだろうか。

そろそろとバックして校門を確認する。石版に明朝体で【鳴神学園】と彫ってあった。聞き覚えも見覚えもない。
なにこれ私毎日学校に通っておきながら、今更道に迷って別の学校にきてしまうという高度なボケをやらかしたんだろうか。それともマジでボケたのか。
一旦思考を停止して家へ引き返すことにした。……んだけど、校門から数歩も歩かないうちに知らない人に話し掛けられた。


「よお。どうしたんだ忘れ物か?でももうチャイムが鳴るぞ」


のりのきいたカッターシャツを着た、男子だった。一瞬、半端なくフレンドリーな赤の他人かと思ったけど、どうやらそうではないらしい。流石に初対面で肩を叩きつつ、行くぞ、と苦笑を向けてくる人なんていないだろう。


ええと、誰?知り合い?というかなんとなく付いて校舎に入っちゃったけどここ他の学校じゃない?大丈夫?


びくびくしつつ昇降口に入った割に、私の体は迷うことなく一つの下駄箱に歩いていって、中から自分の上履きを取り出した。上履きには油性ペンで小さく『土生』と書いてある。間違いなく私の物だ。ということはやっぱりここは私の通う学校か。なんだあさっきから感じてた違和感は気の所為かあっはっは。

「なあ、悪いが今から少し話せるか?なに、時間はとらせん。今日やる予定だった七不思議の集会の話で……」
……でもやっぱりこのフレンドリーさんに見覚えがないんだよなー……

「あの、失礼ですがどちら様でしょうか……」

「はあ?お前何を寝惚けて……ああ、これか」

できの悪い後輩を見るような目だった。だが、やっぱりどう思い出そうとしても、私の記憶の中にこんなエリートオーラを纏った先輩(かどうかは知らないけど)はいなかった。

蛍光灯は朝なので灰色のままで、火災報知器と共に薄暗い天井にかっちりはまっていた。私が先に階段に足を掛けた。

踊り場には等身大の鏡がはめ込まれていた。小窓から入る光に当てられた鏡面では深海のクラゲのような光の帯がゆっくりとうねっている。なんだか悪魔でも出てきそうな古い鏡だが、やっぱり見覚えはなかった。

フレンドリーさんは階段を上がりながら鞄を開き、眼鏡ケースを取り出した。


「ほら、これで分かるだろ。ひどいな、眼鏡がないだけで先輩の顔を忘れるなんて」


……すんませんメガネ装備しても分かんないっす!!ひくついた私の表情に気付き、先輩だというフレンドリーさんは怪訝そうに顔を曇らせた。

「土生?本当に寝惚けてるのか?」

名前を呼ばれた瞬間、私の頭の中にこの人物の名前が浮かんだ。今まで忘れていたものを唐突に思い出した感覚に近かった。



「日……野先輩……」

「なんだちゃんと起きてるじゃないか。仕方ない奴だな」


日野貞夫先輩。私の所属する新聞部の先輩。この間私に七不思議の特集をするから取材を体験してみてくれと言ってきた。好物はおしるこドリンク。


初対面のはずの人物の情報は、まるで元から持っていたかのように、私の頭の中の引き出しから出てきた。





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あとがき。(2013.10.7)

・ドアの開く方向
・友人が出ていったはずなのに鍵の閉まっている美術室
・「なにもなかった」美術室に現れた絵
・階段の位置
・季節の矛盾

ここまでホラー要素詰まってるのにすべてをスルーする夢主。




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