文芸道2
□だーるまさんが、おいついた!
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唯我独尊のキングが、隣にいる自分に合わせて歩みを遅くしてくれるようになったのはいつからだったろうか。
かつて追いかけるばかりで憂鬱だったその気持ちは、もうない。
いつの間にか近くなった距離は、遠くなく、近過ぎもせず、心地よい距離だった。
王子様とお姫様でなくても、ハッピーエンドを迎える物語はあるのだ。
***
「それで、私が部活に来なかったのは黄山に捕まってたからで。あ、野上さんも清水さんも乱暴では無かったよ。食事パンばっかりでごめん、なんて、清水さん、本気で心配してたくらいで」
風紀部の部室で、白木が驚きの事実をカミングアウトしたことで、部室内で驚きの声が上がった。落ち着いていたのは俺と由井。俺も後藤に前もって聞かされていなければ黒崎や渋谷と同じように声を上げていたかも知れない。由井は俺と後藤が話してるのを聞いたんだろう。いやその前にこいつは薄々気付いていたのかもしれない。思えば、後藤が話していた時、由井はやけに冷静だった。
黒崎と渋谷はしきりに白木の顔色を伺い、怪我は無いか心配していた。黒崎に至っては気付きませんでしたゴメンナサイと土下座までしていた。
「お前と渋谷は留守番だったんだから仕方ないだろ」
俺は床に突っ伏している黒崎を引っ張り起こして立たせる。
「そうじゃなくて、そんな白木さんが怖がっているのに気付けなかったなんて。あああメールが来た時に気付けば……せめて黄山について調べてる時に気付けば!」
「いや、あの、気にしなくていいから本当に」
白木に宥められてようやく落ち着いたのか、黒崎はやっと一息吐いた。
場が収まった所で、俺は気になっていたことを白木に聞いてみる。
「それで、あの後どうなったんだ?桶川が助けに行ったんだろ?」
「無事、野上さん清水さんとはお別れできたんだけど、その後に」
「その後に?」
「とうとう我慢ならなくなった黄山の教師勢に追っかけまわされた」
不良校として有名な黄山高校の教師勢は、何も一から十まで知らんぷりでやり過ごそうと思っていたわけでは無かった。騒ぎがある程度収まったのを見計らって、騒ぎまくった生徒をひっとらえようと職員室から出てきたそうだ。
教師勢から見たら驚きだろうな、図体でかい生徒が他校の女子引き連れて歩いてるんだもんな。
「丁度その辺に消火器あったから、教師勢に噴射してパニックになった所に蹴り入れた」
「桶川が?」
「いや、私が」
「お前かよ!!」
道理で白木の足に湿布が貼られているわけだ。慣れない事して捻ったな。
「いやあ、助けられっぱなしじゃ申し訳ないし」
足を捻った後、桶川に怒鳴られながら担がれる白木のイメージが鮮明に浮かび上がるが、まあ、度胸だけは桶川と釣り合っているのかもしれない。
ここ数週間騒がしい日が続き、慣れない寝床に移動したために――少し疲れた表情をした白木は、なんとか目を擦り、眠そうな頭を振って真剣な顔を作る。
そんな放課後の部室――
部室の隅で船を漕いでいる白木の元に、一人の生徒が近寄って行った。
「おい」
その生徒は寝ている白木に構わず、持っていたコンビニの袋を白木の頭に当てた。コンッと軽い音がする。
寝かせといてあげましょうよ、と渋谷が部屋の隅で小さく言うのが聞こえたが、それ以上強くは言わなかった。他の部員たちも何も言わない。多分だが、今部室に現れた人物に驚いて、それどころではなかったんだろう。
「は? え?」
白木はぱちっと目を開けると、自分を起こした人物を見て驚く。もう少し壁に近い位置に座っていたら、仰け反った拍子に頭をぶつけていただろう。
「お、桶川先輩!?」
「帰るぞ」
そう言うと、桶川は白木の手を引っ張って立たせる。まだ夢うつつで頭が働かないのか、白木は目を白黒させていた。
「ちょっと、桶川先輩がなんでここにこれ夢ですかってあ痛ああああああああ!!」
「捻った足に体重を掛けるからだ」
『番長』が当然のように部室に入ってきた衝撃で固まっていた部員達が、ようやく口を開く。
「……そっか、番長さんも部員ですもんね……」
「……その割には開口一番が『帰るぞ』だけどね」
「まあきょんきょんが真面目に部活に出ようとここに来たらそれはそれで驚くがな」
「確かに」「真面目に学校には来てるんですね」「最近は集会にも出てるぞ」「それで最近ヤンキーの出席率が多いんですか、集会」
ひそひそごにょごにょと言葉を交わす他の部員たちには構わず、桶川は白木を連れて部室を出て行った。桶川に対しては右倣えの姿勢を貫いている白木は、抵抗する事無く俺達に手を振って部室を去る。
「風紀部に文芸部に桶川達に忙しいな、あいつも。そろそろ付き合いの大変さにぶっ倒れるんじゃねえか」
「でも番長と居る時の白木さんって楽しそうじゃない? やっぱりクラスが一緒だと気が気兼ねないのかなー」
「白木はちょっと悪い事をしてみたい年頃なのだろう。反抗期というやつだ」
「……もうやだこの先輩たち鈍いにも程がある!!」
渋谷が何か叫んでいたが、意味が分からなかった。
***
「……………………包帯…………?」
そうだ。
むすりと憮然とした態度で眉を寄せると、桶川先輩は段ボールの上にとんとんと音を立ててふた巻き分の包帯を積んだ。
「お前は帰りに山、下るんだろうが。固定しとかねえと癖になるぞ」
「ええっ、そんな大袈裟な」
そう言いながら、私は別の段ボールの上に座り、先輩の持って来た包帯を足に巻く。桶川先輩相手の時は意地を張らないで早々にお言葉に甘えているな、というのは自覚してる。
先輩もそれを分かっていて後藤や河内に持たせず自分で包帯を手渡したのかもしれない。
この場所は、以前河内と後藤がトランプゲームをしていた空き部屋である。
端の方にひしゃげた段ボールが寄せてあるし、入口の戸は一度桶川先輩が蹴り壊した所為か立てつけが悪くなってしまっていた。
「毎回毎回、いらねえ世話掛けやがって」
前回この部屋で叱られた時は、私が黄山に捕まった日のことだった。そのことを思い出したのか、桶川先輩の顔が険しくなる。
「……でも、言っても聞かねえんだよな、お前は」
「はは、すいません、大人しいお姫様タイプじゃ無くて」
「お前が大人しかったら気味悪いしな」
「……自分で言っといてなんですけど、私、結構人から『大人しそう』って言われる事多いですよ」
嘘だろ、という目を向けられた。失礼な。
「他の人に聞いてみて下さいよ。先輩と居る時じゃテンションが違うって結構バレてるみたいです」
その言葉がきっかけだったんだろう。桶川先輩がほんの少し、黙り込んだ。
「後藤の言ってた“あれ”は本当なのか、白木」
「?」
ぼそりと重々しい調子で言い放たれた言葉にんん?と首を傾げた。
そして、申し訳ないが聞き返す。
「あれとは?」
「だから、去年の春ごろから見てたとか、そういう……」
「ああ、本当ですよ」
ぐるぐると包帯を巻きながらの返答に、先輩はぐっと言葉を詰まらせた。
「って言ってもその頃は喧嘩強いなーかっこいいなーって感じだったんですよ。尊敬みたいな」
「今は」
「今はちゃんと好きです」
しばらくの沈黙が訪れる。先に口を開いたのは私の方だった。
「……先輩、先輩今どう返答しようか迷ってると思うんですけど、別に答えなくていいんですよ?」
こういう告白というものは、相手にイエスかノーかの返事を返して、というのが普通じゃないのか?先輩が考えてるのは大体そんな所だろう。普通かどうかは置いておいて、別に私はそんな二択を先輩に押し付ける気はないのだ。
「まー先輩が渋谷君みたいにタラシ気質だったら違ったかも知れませんけど、先輩硬派だし。そもそも私束縛癖ないですし」
俗に言う彼氏だとか彼女だとか、そういうもので縛る義務なんて、本来ありはしないのだ。
「そんな事言ってもよ……」
がしがしと先輩は頭を掻く。
「俺はまだ色恋沙汰より喧嘩の方が好きだしよ、そもそもそういう話はキャラじゃねえっつうか」
「だからそれでいいんですよ。先輩、言ってくれたじゃないですか。文化祭の帰りに、一緒に居ていいって。私は、それでいいんです」
上履きを履いて、立ち上がる。うん、いい感じだ。
しゃんと立って、桶川先輩に向き合う。出会った時とは違う。追いかけるだけでなく、正面で向き合うことが、今の私には許されてる。だからこそ、余裕があるのかもしれない。
「お前も……モールスみてえに喧嘩が強けりゃ、まだマシなんだけどよ……」
グッバイ余裕。
すぱーんと私は桶川先輩の頬を叩いた。
「んだよ!」
「他の女の子を引きあいに出されたことにイラッとしました」
「束縛癖ねえっつったろうが!」
「比較されるのは別です!先輩だって早坂君と比べられて早起きができないだの裁縫ができないだの勉強ができないだの留年生だの言われりゃムカつくでしょ!?」
「てめえコラほんとに俺に惚れてんのかその言い草!!」
桶川先輩が私の頭を掴み、ギリギリと力を入れてくる。私も負けじとローキックで応戦する。
また捩った足に体重を掛けてしまって、また悲鳴が上がった。
ぎゃあぎゃあと騒ぎながらも、私の顔はきっと笑顔だったろう。
だるまさん転んだはもうおしまい。
追いかけるのも、もうおしまい。
私はきっと、追いついた。
これからは、キングの隣で不遜に微笑んでやろう。
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あとがき。(2014.7.20)
長い長い追いかけっこに終止符です。
これにて、「文芸道」は閉幕と致します。
お付き合いくださったみなさま、どうもありがとうございました。
次の章で短い子分ズの会話と、作品に対する反省のような解説のようなものをくっつけていますので、ご興味のある方はどうぞ。