文芸道2
□だーるまさんが、おいついた!
1ページ/3ページ
一方その頃のはなし。
やっとこちらの攻撃出番が来たわけだな、と敵であり、不良であり、多勢でもある黄山の面々は嬉しそうに綾部の顔を見た。まるでこうなることが分かっていたかのような物言いに嫌悪感が湧くが、抑えた。綾部は箒を握り直す。
綾部の最大の弱点、それは、実力を出せる時間が限られているということだった。掃除が終わってしまえば綾部の攻撃モードは解除される。元々、綾部は不良に比べてスタミナがない、瞬間爆発型だ。無敵モードの時間に一気に片付けることができれば良かったのだが、いかんせん相手の数が多すぎて片付けきれなかった。
おまけに、暗中での戦闘。皮肉な事に、彼の相棒の箒がシルエットを目立たせてしまっている。相手から見ればただの目印だ。
埃臭さでなんとか戦闘モードを維持し、敵の攻撃を受け流す綾部。しかし、その抵抗もいずれ意味を成さなくなってしまうだろう。
万事休すか。綾部が膝を付きそうになった時だった。
ダンッ!ダンダンダンダンダンダンダンダン!!
「なんだ!?」
床に何かが落ちるような音がした。
「なんだこれっ」
「軟球だ!テニスの軟球だ!」
「うわ、踏ん……ぎゃああああああああああああああああああああ!!」
「馬鹿、お前、おおおわああああア――――――――――――――――!!」
「転ぶなら巻き込まないように転べウワ――――――――――――――――!!」
正体が分かっているなら立ち止まって落ち着けばいいものを、黄山は勝手に動き回って勝手に倒れて勝手に自滅している。
アホか。黄山の影を見つめながら眉を寄せる綾部に対して、軟球をぶちまけた犯人は壁際にあった跳び箱の上からぱんぱんと手を鳴らして、きらきらとした笑顔を向けたまま心底楽しそうに綾部を見下ろした。暗闇なのでよくは見えないが、相手を見下したような笑い声が耳につく。
「喧嘩の基本はいかに相手より優位な状況にできるか。暗中が駄目なら駄目なりに工夫しろよ」
「ああ?……自分、なんや、黄山か」
「一緒にするな」
ぱちん。倉庫の中の電気が点く。
「あ……!」
「ま、顔くらいは知ってるか」
不遜な態度で綾部を見下ろしていたのは、緑ヶ丘のナンバー2、河内智広だった。綾部と同じように、黄山の制服を着て変装していたようだ。
「敵の敵は味方っていうからな。助太刀だ。余計だったか?」
「はは、いや、電気点けてもろうて助かった」
綾部の目に、ギラリとした光が戻る。
「これやったら、塵や埃もよう見えるわ……!」
綾部は床を蹴り、再び黄山に向かって行く。河内も跳び箱から飛び降り、固まっている黄山の方へ走る。
「ひいっ、何だ、何なんだよお前ら……!どうしてそんなに強えんだよおおぉおっ!!野々口って奴の手下か!?仲間か!?」
すっかりペースを乱された黄山の一人が、怯えたように綾部を見る。綾部は、真剣な表情を浮かべ、答えた。
「違うわ」
はっきりと、言う。
「仲間意識なんてもん無い。俺自身がやろう思たことを、自分の意志でやっとるだけの――中立や」
河内が相手をしている不良の一人は、少しだけ、挑戦的だった。
「女一人のために、わざわざ出向いてくるなんてよ、なんだ?王子様気取りか?ヤンキーの癖に」
挑発のつもりか、にやりと笑いながら言う。河内は、一切動じずに答えた。
「まさか」
堂々と、言う。
「王子なんて性に合わないにも程がある。俺は、キングの道を開く――ただの兵士だ」
***
一度目の驚きは、由井が残ってくれたこと。背を預けて戦える仲間が居るのは、早坂にとって嬉しいことだった。
二度目の驚きは、背後で敵が吹っ飛んでいったこと。残念ながら、騒ぎの中心で暴れていた人物は砂埃で確認できなかったが、初めて人間ロケットなるものを目撃した早坂は驚きを越して呆然とした。
ぽかんと口を開ける早坂に語りかけたのは、ここにいるはずのない人物。
「なに驚いてんだよ」
後藤大吉は言う。助太刀して当然、と言わんばかりに、早坂に向かいかけていた黄山生の一人を蹴り倒した。
「ご、後藤?」
「今、人が飛んでくのが見えたから見えたからこっち来てみたんだけど、お前らがやったの?」
「いや……違う。俺も今、遠目で見た」
「ふーん」
三つ目の驚き。黄山生に扮した後藤大吉の登場。と同時に足を縺れさせてドミノのように転ぶ黄山生達。
早坂と違い、いきなり転ぶ敵たちの姿を見慣れている後藤は、大して驚く風でもなく、早坂と由井に向きなおった。
「お前らに頼みたい事あんだけどさ。なるべく気絶させないように敵倒してくんない?」
後藤の幸運体質については、二年生の耳にもいくつかエピソードが届いているほどで、早坂も知っていた。
が、それらは、事実の面白い部分が誇張された、虚構や逸話に近いものだと言われていたし、桶川の追試の時も、早坂は罠に襲われる桶川と真冬を実際に目撃していなかっただけに、信じがたかった。
しかし、話しながらひょいひょいと敵の攻撃を避けるその姿は、まるで天が味方しているかのように傷一つなく。
「気絶させないようにたって、いったいどうやるんだ」
「転ばせとくとか」と後藤大吉は即答する。「そうしといてくれたら、後は俺に任せてくれればいいから。信用してくれよ」と奇しくも先ほど、早坂が思い出していたことと似たような事を言った。
「分かった。できるだけやってみる」
「サンキュ!じゃ、とりあえず、こいつから……」軽い口調とは裏腹に、後藤は側で呻いていた黄山の一人の胸倉を掴んで、乱暴に引き起こした。「なあお前、お前たちが捕まえた白木樹季って女、どこに居るか知らねえ?」
早坂の頭の中で後藤の台詞がリピートされる。
何て言った、今。
白木、が。
「捕まったあぁ―――――――――――――――――ッ!?」
四度目の驚き。
「白木は、黄山に捕まっていたのか?」
今まで黙々と敵を倒していた由井も手は止めずに問いかける。早坂は慌てた。
「じゃあ!早く、助けに行かねえと!」
「んー」
何人か後藤に向かって、黄山が襲い掛かっているのだが、後藤が避けるのが上手いのと、なぜか彼の手前ですっ転ぶ者が多いので無事である。それをいいことに後藤はのんびりと首を振る。
子供のように。すべてを知っている老人のように。
――ゆっくりと、首を振った。
無言の否定が数秒場を満たしたところで、後藤は尋問していた黄山の胸倉から手を離す。そして、早坂を納得させるため、彼自身も納得するため、言葉を紡ぎ出す。
「今は、いや、これからもずっと、あいつを迎えに行ってやれるのは……一人だけだからさ。俺達はそのお膳立てをしとけばいいんだよ」
少しだけ、残念そうに笑って。
「俺達は、友達だからさ。だから、助けに行くのは我慢しなきゃいけないんだ」
***
ひとつのハッピーエンドが終わる。
夏男に連れられた野々口はどこかすっきりした様子で助けに来てくれた男たちの輪に入って行った。
それと入れ替わるように、桶川が校舎に引き返していくのを見て、夏男が呼び止めようとする。それを止めたのは早坂で、大丈夫だとだけ言うと、由井や野々口を連れて緑ヶ丘に帰っていった。
桶川は、辺りを見回して、後藤と河内を探す。彼の方は樹季に関する情報を得ることはできなかったため、河内と後藤が何か聞きだしている事に掛けるしかなかったのだ。
「桶川さん!」
すぐに、桶川の姿を見つけた後藤、河内が駆け寄ってくる。二人に怪我らしい怪我は見えないが、表情で、目ぼしい情報は無かったのだということが分かった。
「……駄目でした。見たことはあるという奴は居たんですが……今どこにいるのかは……」
「そうか……」
こうなったら、最終手段として黄山の番長の元に再度直接乗り込んで話を聞くしかないか?と三人の目に迷いが浮かぶ。
「少し前からメールすら出なくなったんですよね。なにもないといいけど……」
――携帯自体奪われてしまっているのか。携帯を使えない状態か……どちらもあまりいい状況とは言えない。
だから焦る気持ちも湧いてくるけれど、でも桶川は平静を保って校舎の入り口に体を向ける。