文芸道2

□キングが魔法を解きたがる
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実際のところ、私が置かれた状況はそう悲観的なものでもないのだ。
清水さんはどちらかというとフェミニスト思考のようで、多少の我儘は許してくれる。ネカフェを選んで私を監視しているのも、女子なんだからシャワーがあった方がいいだろうという彼の提案からだ。
付け加えたように、

「………………ここなら他の黄山の奴に会うこともないし」

と言っていたが。

悔しい程いい人だから、そのまま立場を忘れて仲良くなってしまいそうになる。

あちらさんからしたら、初対面で鈍器で攻撃してくる奴なんて、ごめんだろうが。


「…………ほら、携帯返す」


携帯での連絡はメールだけなら許して貰える。送信する時清水さんのチェックが入るが。


問題は、野々口さんの方だ。


野上番長ストーカー疑惑はとりあえず置いておくとして、野々口さんが黄山に行くのなら私はその場に行く必要がある。風紀部として、責任が半分。生徒会の奴を見ろ、という佐伯先生のアドバイスが半分。
私にしては珍しく、必死に他人にお願いしたのではないのかと思う。清水さんは性格からか、邪険にすることなく私のお願いを聞いて渋い顔を作っていた。


「『野上番長のところへ戻りたい』ねえ……確かに黄山に戻っちゃいけないとは言われてないけどよ、お前を他の野郎どもに接触させないようにするのが俺の役目だからさあ」


黄山に戻りたくないんだよなあ、と清水さんは腕を組む。黄山に行っても絶対番長以外と口は利かないから、ともうひと押ししてみたら、不承不承ながらも頷いて貰えた。

何だ、あっさりしている子分さんだな。そうか、ネカフェ代清水さん持ちな上、いつまで見てろと番長から聞いてないものな。黄山に向かってみたものの、やはり別の学校の制服姿は、目立つようだった。どうにか、近寄ってくる黄山生の相手をいちいちしていた清水さんは、疲れた顔になってしまっていた。


「ああなんだ、清水。野々口って女は見つかったらしいが、何だか、このままこちらの勝ちで終わるんじゃないみたいだぞ。なんとなぁ、野々口の仲間が来るかもって、そういう話だぜ。だから、清水も乱闘に備えておけよ」


廊下で聞いた話から、野々口さんが捕まったことを知る。取り込み中だから帰るか?と悩み始めた清水さんにまた頼み込んで、野上さんが帰れと言ったら即座に黄山から出ることを条件に、野上さんの元に連れて行ってもらう。

野々口さんが捕まったから、外に出ていた不良たちも戻ってきているんだろう、廊下に出ている人数が多かったが、私は下を向いて目を合わさないようにした。清水さんとの約束の件もあるが、普通に怖いのだ。なんだかんだいって不良は怖い。


「番長、清水です。少しいいですか」


二日前に連れて来られた部屋に、清水さんが静かに呼びかける。すぐにドアが開いて、野上番長自ら顔を出してきた。開いたドアの隙間から、ちらりと緑ヶ丘の制服が見えた。どうやら縛られて床に転がされているらしい。顔は確認できなかったが、野々口さんに間違いないだろう。

声を掛けることは叶わなかった。野上さんが先に廊下に出て、ドアを閉めてしまったのだ。そのまま私の腕を掴み、ずんずんと廊下を進む。清水さんには、中央倉庫に行けと指示を出していた。


「どうして今、戻ってきた」
野上さんは、準備室のようなところに私を押し込み、慣れたように私の腕をそこにあったガムテープで後ろ手に固定する。乱暴な事はされなかったので痛くはないが、これ外す時痛いだろうな。やだな。

私が暴れも騒ぎもしないのを確認して、野上さんは静かに口を開く。


「……いいか、緑ヶ丘の奴らが帰るまで、ここで大人しくしてろ。野々口なら無事だ。これから手を出さない事も約束する」


また緑ヶ丘に喧嘩を売る気か。

今回は野々口さん関係だから、風紀部や生徒会が動くだろうけど、あまり騒ぎが大きくなると、桶川先輩も気付くだろう。そうなったら。

売られた喧嘩は買うとは言わずとも、押し売りされたらぶっ飛ばす人だから、気を付けた方がいい。「はっ」自嘲したように笑った野上さんが、ガムテープと一緒に手に取っていた備品のタオルで、きつく私の口に猿轡をした。


「分かってる」


優しく私の背を押して準備室の奥に押しやり、野上さんはほとんど消えいってしまいそうな声で呟く。
振り向くと、野上さんは番長でなく、ただの高校生、「野上」の顔をして、私を見下ろしていた。



「でもな、人間って、カッとなって、なにもかもめちゃくちゃにしてやりたくなる時、あるだろ」




それを聞いて物語の紡ぎ手は、ひとりぼっちの魔法使いに問いかけたくなりました。



『それはあなたがやりたいことですか。』



魔法使いは紡ぎ手の心を読んだように、答えました。只のエゴなんだろう、これは。

現実なんてそんなもの。正しいのか正しくないのかなんて分からない。

正しいか間違ってるか、やるべきことなのかやりたいことなのか、成功するか失敗するかなんて何も分からないんだ、と魔法使いは悲しそうに言いました。
物語のように先のことなどわかりはしないから、手探りで自分がやることを見つけるしかなくて。ただ何かに祈るように動くしかないんだと言いました。


「俺は魔法使いでも神様でもないからな。ハッピーエンドにするために本当にやるべきことなんて分からない。ハッピーエンドなんて作れやしない。今やってることだって、ただ野々口をまた傷付けるだけだって分かってる」


けれど。


「……あいつら、来ないかなあ」


ぼそりと、小さな声で魔法使いは呟いた。


「俺は、助けられないから、悪役だから……あいつら、野々口を助けてやってくれないかなあ――」





悪役なのに、ハッピーエンドを望む魔法使い。

――人間って、感情と理論が一致しない生き物じゃない。

なぜだか、紡ぎ手の頭に、ここにいない生徒会長の言葉が蘇った。






***




暫くして、かたんという音が準備室の中に響く。部屋の中にある棚に背を凭せ掛けて座っていた樹季が顔を上げた。


「腹減ったろ」

がさがさとコンビニの袋を鳴らしながら入ってきたのは清水だ。きちんと内鍵を閉めてから樹季の方へゆっくり近付く。樹季の猿轡を外して、床に置いた。

「ほら、食いにくいかもしれないけど」

口元に運ばれたヤキソバパンには目もくれず、樹季は廊下の方に視線を送る。廊下からは、かすかにヤンキー達の雄叫びや悲鳴が聞こえる。


「今な、野々口の仲間がとうとう校舎内に入ってきたんだ。危ないから出るなよ」

「ああ、なるほど」


だから止められたのかと呟いた樹季は面白くなさそうな顔を作って頷いた。


「それ、何人くらいきてます?」

「男が四人」

「んん?四人?」

「ああ、確かな情報だぞ。……あれ?でも確か遅れて来た奴が何人かいたな……ま、あの人数じゃ五分としない内に潰されるだろうけど」

「……ふーん……」


他にも仲間がいるなら風紀部ではないのかと思い直しながら樹季は彼の話に相槌を打った。実は夏男早坂由井桶川に加え、生徒会の綾部、絶賛年齢詐称中の佐伯等々が大暴れしているのだが、よもや風紀部男子勢(一人留守番)に加え、女装男子や生徒会、今日入部したての緑ヶ丘番長勢、更には顧問がタッグを組んでいるとは思わなかった。
「じゃあ、俺も喧嘩に参加してくるけど……なあ、いいのヤキソバパン」

「いい」

「一応置いていくから腹減ったら食えな」


両腕を後ろ手で固定されているので一人で食べるとしたら犬食いになってしまうのだが。清水は気付かないし樹季はわざわざ指摘しようとしない。ただ頷いて清水を見送ろうとした。しかし清水は廊下へと続く引き戸を開いたと思ったらすぐに閉じ、慌てたように樹季の方を振り向いた。


「やばい、ここから移動した方がいいかも知れない」


何事だ、という顔をして樹季はのそのそと立ち上がる。清水がしたように引き戸から顔を出し、廊下の様子を見てびくっと体を震わせた。


死屍累々。廊下のあちこちに、黄山の制服を着た生徒たちが倒れている。殴られて気絶したのか、呻き声はするが意識のありそうな者はいなかった。

「これ、あいつら……あの人数で黄山の連中倒したってことかよ……」


さっきの悲鳴はこの階に居る黄山の不良が倒されるときのものだったらしい。清水はいいタイミングで樹季の元に来たのかもしれない。


これから清水も喧嘩に参加すると言っていたが、実際どうだろう。

この人、文化祭の時、桶川先輩から逃げ回っていたようだしなぁと樹季は他人事のように感じながら倒れた生徒に目を落とした。

決して華奢ではない、屈強とも言える体つきの男子が倒れていることから、ここを通った人物の実力が窺い知れる。



それから、黄山の廊下を歩こうとすると清水が随時付き添うようになり、びくびくとされるので動きにくいったらなかった。




「なあ、どこ行くんだ」

「貴方の番長のところ」

はああ!?待て、今は野々口って女が居て……」

「ばれないようにする」




自分でこれが正しいと思ったことを、やるべきことだと思い込んで、精一杯やるしかないと言ったのは他でもない野上だ。






樹季はまさに、やるべきことがわからない状態だ。


正しいか正しくないかなどという正義心なんて持っていないけれど。





野々口の姿を見てなにか学ぶことがあるというなら、佐伯の言葉に従い、できる限り彼女の行く末を見届けたいと思うのだ。

樹季は階段を上り野上の元へ向かう。途中、空き教室の中から、出せー!という声が聞こえてきたが、樹季はガン無視して進んでいった。ちょっと清水が引いた。

もうすぐ野上や野々口が居る部屋の前だ。
中には入らず、目立たないよう腰を落として教室に寄り、そっと中の様子を伺おうとする。

それを止めたのは、清水だ。


「……なんか、取り込み中っぽくないか?」


教室の中には、番長野上と、攫われた相手、野々口。そして、野々口を助けに来た、
「……夏男君?」


姿は見えないが、声に聞き覚えがある。ああ、だから男子四人かと樹季はぼんやりと納得した。

野上と野々口、夏男の三人の間には、緊張を含んだ静かな空気が流れている。

静かな空気を縫って、掠れてほとんど聞き取れない野上の声が、静かに語りだす。



昔々あるところにいた、一人の少年の話を。


平凡に成長し、平凡に学校に入り、平凡に恋をした、遠い遠い、もう元に戻すことができないかなしいお話を。







そうして、物語の紡ぎ手は、王子様になれなかった魔法使いと、王子様のことを信じられなくなったお姫様の話を知りました。

遠い昔にすれ違った二人はようやく本当の言葉を交わし合って。


魔法使いに掛けられていた呪いはようやく解けたのでした。


お姫様は助けに来てくれた王子様とその仲間に無事に出会い、少しだけ柔らかくなった目で魔法使いを見て、帰ってゆきました。








数年来の、奇跡の成功を収めた再現劇はこれにて閉幕。

教室の窓から静かにお姫様達を見下ろす魔法使いは、それは幸せそうな目で、お姫様を見送りました。



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