文芸道2

□きみをとりまく人々たちは
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どちらかというと、私が姿を見せた瞬間、違う、と声を上げた彼を見る限り、多少迂闊な性格なんだろうと思っている。

いや、迂闊と言うより野々口さんの話になると動揺しているような。

早速片眉をあげてしまった私だったが、その考えのどこかに既視感を感じた。誰かに執着して、冷静さを欠く失態は、私自身がよく身を持って経験している。


同時に違和感も生まれる。

会ったことがあるならなぜ自分で探さないのか。
違和感と共に、心配のような不安のような感情がむくむくと湧いてくる。

……そう言えば野上さん、「緑ヶ丘に、野々口という名の女は一人しかいねえ」って言ってたよな。いくら情報通と言えど、生徒数の多い緑ヶ丘の生徒たちを、そこまで執念深く調べあげて自分の事は相手に気付かれないように行動するって……




……ストーカーじゃあるまいな。




目の前の清水さんには聞けなかった。あなたの番長さんストーカーですかなんて聞けるわけがない。
しかし本当に野上さんがアレな人だったら、野々口さんが私がされたみたいに身動きできないように突きだされた時、結構危なくないか、色んな意味で。
私はちらりと、ソファに深く座って漫画を読み始めた清水さんを見た。


ダメもとで、黄山高校に連れて行ってくれないか交渉してみようか。




こうして物語の紡ぎ手は、悪い魔法使いの手下に話しかけました。





***





「白木は今日も休みか」


几帳面に風紀部出席表(監査の時懲りて、せめて出席の記録だけは付けることにした)に書き込みながら早坂君が言う。

白木さんから風邪だというメールがきたらしい。私だってそいうお知らせメール白木さんから欲しいのに。ずるい。


「おーい黒崎、俺は由井とちょっと出てくるから、留守番頼んだぞ」
「えっ、由井君と?私も……」
「渋谷がまだ来てないんだから、部室に誰か残ってないと駄目だろ」
「えっ、ああ、うう」
「じゃあ」


アッキーには書置きでも残しておけばいいじゃんかー!と思いつつ、私は私で夏男にならなきゃいけないから我慢して部室に残った。


「でも……でも……っ!置いてきぼりみたいでさみしいんだよ!」

「真冬さんアイラインずれるんでじっとして」


私の顔をエレガント夏男にメイキングしているアッキーに思いの丈をぶちまけたら、かなり恐い顔で睨まれた。アッキーその凄み方どこで覚えてきたの?東校の奴らに教わったの?





「……にしても樹季さんのその風邪ってやつ、本当ですかね」
「……どういうこと?」
「もしかして、この間の佐伯先輩とのアレで、風紀部が変な部活だって誤解されちゃってるんじゃあ……」

アレとは、アッキーが鷹臣君に襲われる云々の話だ。







…… あ り え る 。




「え……え、ちょっと、どうしよう」

「ああ、俺が後で樹季さんのクラスに行ってみますよ。動かないで下さい」

「うう、私は街の方に行くからしょうがない……アッキーよろしく、アッキーがウサちゃんマンになったことは黙っておいて、ただの鷹臣君の冗談だったってことにするしかない」


「そんなんで大丈夫ですかね?」真面目で、几帳面なアッキーは、悩む時も真面目で几帳面だ。


「だってだって!仮に、包み隠さず、アッキーが女装して、ウサちゃんマンになって、野々口さんに会いに行ったって言ってもそれはそれで引かれるじゃんっ!」

「ああそうですね!俺の心にも刺さる解説をどうも!!」


若干涙目になりながら終わり、と化粧道具を仕舞うアッキーに後を任せ、私は夏男の姿で街に出た。





***





見覚えのある赤い髪に、おや、と俺は廊下で足を止めた。


「後藤?」
横を歩いてた河内も足を止める。俺と同じように赤い髪に気付いたようで、あ、と小さく声を漏らしていた。
「……じゃあ、白木先輩は本当に風邪でお休みなんですね?じゃ、有難うございました!」
へらりと掴みどころのない笑顔を浮かべて、うちのクラスの担任と話をしているのは確か、風紀部の渋谷とかいう奴。担任が呼び止めようとしたのを無視して、こちらの方に走って来た。
担任の方は、諦めたような顔をして、ぺたぺたとスリッパを鳴らして職員室の方へ去って行った。


「あ」


目が合った渋谷が目を丸くする。よ、と俺も手を上げて挨拶すると、ほっとしたような顔で近寄ってきた。

単純だけど、こういったこいつの人懐っこいとも言える大型犬のような態度やたたずまいに、好感を持った。白木の後輩だし。

初めて会ったあとは、ずっとメールでのやりとりだった。「桶川さんの情報が知りたいなら、本人のアドレス教えようか?」と一度、メールで言ったけど、すると渋谷は、「遠慮します」とこいつにしては珍しい短文のメールを返してきた。

そして今、俺は、その人懐こくもやり手の後輩に真剣な顔で、廊下の隅で、肩を掴まれ、誤解を解いて下さいと謎の頼まれごとをしている。


「誤解って?」

「……樹季さんにこの間のは誤解だって言えば分かりますから……!」

「あ、もしかして佐伯が襲ってた奴ってお前かー!」

「うおおおおおおお声落として!っていうか誤解だって言ってんでしょおおおおおおおお!?」



「お前が声落とせよ」河内がうるさそうにそう言った。「つーかあいつしばらく学校来ねえぞ」


「え?なんで……」

「そう連絡があったから。まあ、来たら伝えておいてやるよ」

後藤が。と小さく付け加えた。

河内の言葉に安心したのか、渋谷はほっとした顔で礼を言い、部室棟の方へ戻って行った。


「白木と連絡とれたの?」

「ああ。黄山に捕まってるってよ」

「え……は?え?」


渋谷の姿が見えなくなってから問いかけると、河内の口からとんでもない言葉が飛び出してきた。思わず俺もポカンと口を開けそうになった。


「……なんで教えなかったんだよ!っていうか、なんで助けに行ってやらないんだよ!」
河内がすぐ知らせなかったってことは、何か考えがあるか、そこまで焦る必要は無いと判断してのことなんだろうけど。まさかいくら白木の事が気に入らないといっても危ない状態の女子を放って置くなんてことはないだろう。……ないよな?
「なんでって、俺達が行っても仕方ないからだよ。分かるだろ、お前なら」


「……あ、」


河内の言葉にはっとする。



そうだ、河内や俺が行っても意味がない。白木を助けるのは、連れ帰る役目を持ってるのは、一人だけ。

そう、今白木のところへ行くべきなのは。

河内は、静かに口を開いて、その名前を口にした。




「そう、風紀部だ」


「そう、おけが…………………何言ってんの河内


「風紀部の問題だろ。内々で片付けろって話だよ」


「そういう意味かよ!」


今回のはちょっと酷いよな、と思っていると、河内の携帯が鳴った。すかさず河内が携帯を取り出す。あまりに勢いよく取り出すもんだから、驚いて言葉を飲み込んでしまった。

河内は画面に表示されている名前を確認すると、ほっとしたように携帯をポケットに仕舞った。



「河内、やっぱ白木の事気にしてるだろ。変な意地張らないで助けに行ってやりゃいいのに」

「……だから、俺達じゃないだろ、それは」



俺は天邪鬼な友人の拗ねたような顔に少し笑って、頷いた。「桶川さんが用事から帰ってきたら、相談してみようぜ」




返事は返ってこなかった。けど、こいつの無言は肯定の意味だって、俺はよく知っている。










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あとがき。(2014.7.9)

野上君は無自覚ストーカーキャラでいいと思います。

小学校の頃からずーーーーーーっと片思いしててようやく会えた相手を縛って転がして正体ばらさずただただ償いのために再現劇しようとしたんですよ……一途というか純粋というか、ほんと色々彼の中で拗れちゃってたんだなあ……

いや縛ったのは彼の番長という立ち位置もあったんだろうけど。


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