文芸道2

□拉致
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風紀部関連については神経質になると予想していたのだが、いつの間にか忘れていた。実際には、ウサギが何かを探すように、首を巡らせている姿を確認した瞬間、体育館の影に身を隠していた。


夏男と歩いているということはつまり……とウサギと風紀部をイコールで結びつけて考える余裕などなかった。結びつけたところで風紀部への不信が増すだけだが。


「あ……っ!白木!


気付いた時にはもう遅く、樹季の姿は見えなくなっていた。





***





御存じだろうか。



坂というものは登りより下りの方が足に負担が掛かる。坂の中腹辺りで、案の定樹季は体力が叶わずぜえぜえと息をしていた。それでも坂の途中までは野々口の姿を視界から逃さないよう走っていた。樹季にしては大健闘だ。
なんとなく顔を上げると、カーブミラーに自分が映った。
光が差し込んでいる木々や岩肌なんかも、鏡が磨かれているおかげで鮮明に見える。
とても、キレイだ。
渋谷が森の中にある学校に惹かれてここに来たというのも分かる。
けど、きっとこんな景色を楽しむ余裕もない人が、自分のことでいっぱいいっぱいな人がこの学校には沢山居る。
野々口もきっとその一人なんだろうと樹季は息を整えながら思った。少しだけ、追おうとしてくれていた三人の居る学校の方を振り返ったが、すぐによたよたと坂を降り始めた。


自分のアパートを通り過ぎ、真冬が佐伯に報告していた、昨日野々口から襲撃を受けた場所を目指してのろのろと進む。野々口を捜すように視線を動かした。



「おい」



後ろから掛かる声に、樹季は振り向く。道一杯に黄山の制服を着た男子が並んでいる。皆一様に険しい顔をしていて、ちょっと気紛れに話しかけた、という空気では無かった。





「――お前は野々口か?」











「無理に大人になろうとしなくていい。なんでも一人で解決するのが正しい事とは限らねえんだよ」
数学研究室で佐伯はそう言った。
「じゃあ、どうすればいいんですか」
「とりあえずそれ終わらせろ」
樹季の手元のプリントを指差す佐伯。樹季は反抗する事無くプリントを閉じる作業に戻る。
「ああ、それともうひとつ。生徒会のやつらの生き方を見て見ろよ。お前にとっちゃいい影響もあるだろう。できるなら、次に風紀部に何かしかけて来る奴を見るといい、俺も助かる」



それから物語の紡ぎ手は、王子様を信じられなくなったお姫様を見つけました。













緑ヶ丘に比べ、傷も落書きも多い教室の扉を開くと、塔を作るように並べられた机の山が見えた。その一番上に腰を降ろしていた野上という生徒は、自分の子分が連れてきた人物を見て、違う、と息を吐いた。


「え……」

「でもコイツ、自分が野々口だって……」


不良に腕を掴まれ、連行するような形で連れて来られていた生徒は、机の上から自分を見下ろす黄山高校番長に向かって口を開いた。
「どうも、野々口樹季です」
堂々とした嘘であった。



こうして物語の紡ぎ手は、王子様になれなかった悪い魔法使いに会いにゆきました。





***





「……はあ!?野々口歌音じゃねーのかよ!」

「紛らわしい名前してんじゃねーよ!」


それ即ち、番長に意気揚々と目的の人物を掴まえました!と言っておきながら全くの人違いであったということだ。子分たちにとっては大失態だろう。


「途中でなんで違うって言わねえんだよ、そしたらすぐ離してやったのに……」


物凄く真剣に言いつつも、そのくせ口元が引き攣っているので、怒鳴るのをなんとか堪えているのが見て取れ、やはり無理に連れてきたのか、と野上はこっそり弱い犬ほどなんとやら、ということわざを頭に浮かべた。
「涼しい顔しやがって、馬鹿にしてんじゃねえぞ!」

「おい」


段々と子分の語調が荒くなってきたところで、野上はようやく口を開いた。


「お前らたちは出ていけ。この女に話がある」

「え、でも……」

「出ていけ」


もう一度強く言われ、ようやく子分たちは教室からぞろぞろと出ていく。机の上から、番長野上は表情一つ変えない樹季を見下ろした。


「それで?お前、俺に何か用があるのか?」

「お気付きでしたか」

「俺の情報網を舐めるな。緑ヶ丘に、野々口という名の女は一人しかいねえ。それに、来る途中、人違いかどうかも確認せず野郎どもに付いて来たっていうのも妙な話だ。黄山に入り込むか、俺に用があるんだろ」

「思ったより頭脳派なんですね」


嫌味でもなんでもなく、ただ感想を述べるように言われた言葉だった。野上は気を悪くした様子は見せず、何の用だ、と繰り返す。
「そちらこそ、野々口さんになんの用でしょう」
「……野々口歌音は、黄山に喧嘩を売った。売られた喧嘩を買うだけだ」
「そうですか。……でも番長さん、野々口さんとお知り合いでしょう。なぜそれを隠して子分さんに探させてるんですか」




その瞬間、教室の空気が凍る。




「……誰から聞いた?野々口か?」

「いえ、さっき自分でおっしゃったでしょう。私を見て、『違う』と」


掠れた返事をした野上だったが、その瞬間に突然教室の戸が開いた。すると戸を開いた子分が樹季を見て、ぎょっと目を見開かせた。

野々口を捜しに行っていた下っ端の一人だ。


「猫耳娘……!」

「……あ、文化祭の時の」


文化祭の時、樹季が逆上して看板で殴り掛かった黄山の不良、それも、樹季の顔をバッチリ目撃していた方だった。


「……ということは桶川もここに!?」
「来てません」
途端に不良が安心した顔になる。その様子を見て、野上が静かに子分に向かって口を開く。
「お前、その女を他の野郎共に接触させないよう見張ってろ。緑ヶ丘にも帰すな」
野々口の件を片付けるまでは、手段を選ばない。野上は、まだ少し警戒した面持ちを消さないまま、樹季に言った。


「変な事は考えるなよ。お前が桶川の知り合いなら、お前を人質に緑ヶ丘の不良に奇襲をかける」


眉を少しだけ顰めて、忌々しげな表情を作る樹季の腕を引いて、不良が教室の外に出る。樹季は一切抵抗しない。諦めというか、思い切りというか、潔すぎる度胸である。




一人になった教室の中で、野上は宙を見て息を吐いた。



もう少しだ。





***





机を指でとんとんと叩いて苛立ちを外に出しそうになってしまって手をわきゃわきゃ動かしていると、後藤が不思議そうに俺の手元を見て小首を傾げた。


だから、状況分かってんのかお前。ここまで鈍くてよく生きてこれたなお前。

でも後藤は何を勘違いしたのか、気の抜けたような表情を顔に浮かべてから、大丈夫だって河内、とぼそぼそ小声で言った。


「ちゃんと風邪で休みますってメールきたじゃん」


ぽつりと、いつもは白木が座っている席が、今日は誰にも座られず佇んでいる。
昨日の今日だからなにかあったのかと後藤もおろおろとしていたが、その樹季から休むとメールが来たおかげで、今はけろりとしている。


「……だから、そのメールが怪しいんだよ。あの女がそんな気の利いた報告するか」

「河内マジで白木の事なんだと思ってんの」

「するか?」

「言われてみりゃあしない気もするけど」


じゃあ桶川さんに報告しないと、と身を翻そうとする後藤を慌てて止めた。


「バカ、お前あの状態の桶川さんに話しかけるな」
俺と後藤は白木とアドレス交換しているが、桶川さんは唯一このメンバーの中では白木のアドレスを知らない。
「その話、はじめて聞いた」

「する必要がなかったからな」後藤に頷く。「だから桶川さんは白木からメールが来た事すら知らないんだよ、だけどまだ憶測だから、話さない方がいい」


「そんなに慎重になることか?」後藤が怪訝な表情をする。俺は頷いた。いや、一度、うなずいた後で、かぶりを振る。「まだ、急を要する事態ではないんだ。どこかの勢力が動いてるとしたら、もう俺達に何か動きを見せてくる」

だから却って、下手に焦らない方がいいのだと説明すると、後藤は不承不承頷いて見せた。しかし、すぐにちらちらと後ろの方の席に居る桶川さんの方を見る。



「でもさ、メールがあったことくらいは教えないと……流石にかわいそうだろ……」


「だから今どう言うか考えてるんだよ」



桶川さんは頭がいい。勘もいい。白木からメールが来たことだけを伝えたら俺と同じように、すぐに違和感に気付くだろう。


「……そうだ後藤、お前が白木1にメールしたことにしろ。返信で報告が来たって事にすればおかしくない」

「分かった」
後藤は頷くと、迷わずにどよどよと負のオーラを出し始めている桶川さんの方へ走って行った。
よくまあ躊躇わずに猛獣の檻に特攻するような真似ができるものだといっそ感心する。横目でちらりと確認すると、後藤の言葉に少し落ち着いた様子で返事をしている桶川さんが見えた。とりあえず、こちらはいいとして。


俺は教室を出て、白木にメールを打つ。後藤が放課後見舞いに行きたいと言っている、というものだ。内容はなんでもいい。返事が来る瞬間を狙っているだけだ。

程なくして、白木から返信が来る。俺はメールの内容は確認せず、白木に電話を掛けた。
しばらく呼び出し音が続く。返信が来たのだから、手元に携帯があるはずだ。音に気付かない筈はないだろうに、随分時間が経ってから白木が通話に出た。


「今どこだ」俺は言う。それから以前、白木が文化祭の時に暴走した時のことを思い出した。「また前みたいに暴走やらかしたのか」


電話口から小さく溜息がきこえた。『そう。その口ぶりはもう気付いてるね。昨日、黄山に声を掛けられて、捕まりました』

「黄山が何かをやろうとしてるのか」

『河内君たちには害はないと思うよ、まだ』

そこで白木の声が途切れて、焦ったような男の声が遠くから聞こえてきた。切れ、という声だけかろうじて聞き取れる。
しばらくがちゃがちゃという音の後、通話が切れる。
俺はぱちんと携帯を閉じた。おそらく見張りは一人。電話に出る余裕があるほど緩い。そして――。










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あとがき。(2014.7.6)

夢主の保護者が増えた。




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