文芸道2

□拉致
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「自分を犠牲にして白木さんを逃がすその心意気、心打たれたよ……!私にどこまでできるか分からないけど、戦うよ……!」

「ま、真冬さん……!」


「お前ら何勘違いしてるか知らねーがウサちゃんマンの替え玉をやらせるって話だからな」





***





ふと、知り合いの声が聞こえてきた気がして河内は顔を上げた。河内と向かい合うように座ってババ抜きをしていた後藤も、一拍遅れて気付き顔を上げる。場所は教室から少し離れた場所にある空き倉庫。狭くもなく広くもなく、空いた時間に集まって駄弁るには丁度いい場所だった。


「白木の声?」


後藤は座っていた段ボール箱から立ち上がり、河内の横を通って窓の方に寄る。

先日運動部の面々に樹季が襲われていたことを思い出し顔を顰める河内だったが、後藤は何も気付かずすぐに大丈夫だった、と笑う。
その笑みを見て空耳だったかとすぐ思い直してどうでも良さそうな顔を作った。
河内はむすっと表情を引き締めながら、自分のカードをシャッフルして揃えた。「おい、次お前。さっさと引けよ」
「ごめん」
「いいから早く」

話題を変えたいらしい。

河内が自分の指先で切ったトランプを持って早く座れと促すと、後藤は不思議そうな顔でまだ倉庫の扉を見つめている。

どうしたんだ?

眉を顰めてそう問いかけたその時だった、倉庫の扉が、さっきまで後藤の座っていた段ボールを急襲。


はっ?と間抜けな声を上げる間もなく、椅子代わりの段ボールはあっという間にひしゃげて縮んだ。後藤が河内に言われるまま座っていたら、扉に押しつぶされていただろう。

引き戸なのに蹴り開けられて壊れてしまったらしい、元扉をガンッと踏みつけて中に入ってきたのは、鋭い目付きを更に鋭くしている桶川だった。肩の上には、ぐったりとした樹季。桶川はその辺りにあった別の段ボールの上に樹季を降ろす。


「お前、声、少しは抑えろ……」


桶川が樹季の横に耳を押さえてしゃがみ込んだ。何だか分からないが、樹季も俵担ぎをされて痛くなった腹を押さえて、

「すいませぇん……」
桶川はなんとか立ち上がり、樹季を一喝する。
「正座ぁ!」
「はいっ」
ぴしっと段ボールの上で姿勢を正した樹季に、桶川の鋭い視線が刺さる。
「風紀部ってのは学校の風紀を正す部活だろうが!何だアレ!」
少しの衝撃が二つの鼓膜にびりびりと響く、しかし何事もなかったかの調子で河内は口を開く。

「何かあったんですか?桶川さん」

問えば樹季の方を見つめていた桶川が此方を振り向いた。大慌てでこんな所に樹季を連れてくるものだから何事かと思ったのに、




「佐伯が男子生徒襲ってた……」




耳が腐ったかと思った。





大分間を置いて、後藤と河内の口から、……は?と言う声が漏れる。


「あの、いや、大丈夫だから多分」


すかさず顧問のフォローを入れる樹季を、桶川がじろりと睨む。



「何が大丈夫だ、お前も声掛けられてただろうが」
「ああ、だから白木連れて走ってきたんすね……」
扉を直し終わった後藤がさっきのひしゃげた段ボールに座り、うんうんと頷いた。去年一年を通して、樹季の無鉄砲さを見てきた三人は、樹季が何かをすることに神経質になっている節がある。この間渋谷が起こした騒ぎのせいで樹季が軽傷を負ったのを見たから、尚更だ。樹季の方は自分が無鉄砲だという自覚がないのでいらない心配だと思っているようだが。


「監査の時も思ったけど、あの部活本当にまともな活動してるんだろうな」

「河内君まさに風紀部に文化祭潰し邪魔されたじゃん」

「早坂とか一応ヤンキーだろ、大丈夫?」

「後藤君達もヤンキーじゃん」

「そもそも何で入ろうと思ったんだ」

「……あの、文化祭の時の失態で……」


いつの間にか言い訳する相手が三人に増えた樹季は、段ボールの上で小さくなって説教もどきが終わるのをただじっと待っていた。





***





足を前に進めれば絡み付いてくる草を蹴飛ばす蹴散らす、歩む道を邪魔するものは何だろうと許さないと言わんばかりの桶川。

桶川の後ろに付いていく腰巾着コンビに挟まれると目立つ身長差、だからこの二人の隣に並ぶのは嫌だったんだよと顔をしかめるのはもう遅いから、首を痛くなりそうな角度に傾けて後藤の横顔を見上げる。


「コーヒー買い直すって……風紀部のとこまで取りに行けばいいんじゃないの、勿体無い」

「だから、その風紀部のとこ行くのが嫌なんだろ」


前を歩く桶川に聞こえないよう、ひそひそと二人は会話を交わした。

少し時間は経っているが、風紀部にはふんぞりかえった佐伯がまだ居るかもしれない。話を聞いただけで及び腰になったのか、同時に後藤と河内が遠くを見るような目になった。


「あとは、お前が居るからな」


河内が、不満そうな声を隠すことなく呟いた。


「気を遣われてるんだろ」


有難く思え、と肘で突かれる樹季だが、得心のいった顔をしていない。


河内は、遣われてるんだよ、とうなずき、やはり不満そうな声で言う。
「『お前も声を掛けられてた』から近付かせないようにしてる」
樹季は顔を引き攣らせながらも、「まあ、気持ちは理解できます」と頭をゆすった。


「桶川さんが風紀部の方に行ったら、言い方は変だが、お前はなんの危機感もなく桶川さんに付いていっちまうだろ」

「以心伝心ってやつだな」


後藤が少しズレた感想を言った時、ぱたぱたと誰かが向こうの方から誰かが駆けてくる足音が聞こえた。桶川の追試妨害の時に河内チームが作戦会議に使っていた体育館脇。そこにあるのは自販機と運動部の倉庫、あとは道を曲がった先にある茶道部用の茶室。足音はその茶室の方から聞こえてくる。桶川は足音など気にせずまっすぐ自販機に向かっていたが、樹季は違った。軽い音にしては勢いよく玉砂利を蹴る音に、思わず音の方に目を向ける。


「あ」

一瞬だけ、見覚えのあるツインテールが横切って、樹季の口から驚きの声が漏れる。野々口歌音は樹季たちに気付いた様子はなく、なにやら急いだ様子で校門の方へ駆けていった。

さっき、野々口が夏男とウサちゃんマンを呼び出したという話が出た後だ。樹季がほとんど反射で野々口の後を追った。

「あ、おい!」
横に居た後藤が手を伸ばすが紙一重で届かず。後藤の声で状況に気付いた河内と桶川も樹季を止めることはできなかった。
それでも、後藤や河内、桶川がすぐに樹季の後を追えば追い付いて止められたはずなのだ。しかし。


さっき野々口が駆けてきた方向からのそりと歩いてくるふたつの影に、目を奪われる。

一人は夏男。きょろきょろと野々口の影を捜しながらゆっくりと足を動かしていた。

一人はウサギの仮面を被ったおと……いや女?長身の生物。夏男に続くようゆっくり歩いている。




!?




目を奪われない筈があろうか。とっさに相手の視界に入らないよう身を隠さずにいられようか。


「なにあれ」


今見た映像の衝撃で、思った以上に思考力を奪われていたのだろうか。


さっきの佐伯の一件と、強制的に入部させられた、という樹季の証言。



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