文芸道2

□拉致
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中が気になる。気になるがドアを開いた瞬間踏み込んではいけない世界を見てしまう気がする。
「……取り込み中ってお前……まさか……
「違います違います断じて違います」
しばらく中でがたがたと物が倒れるような音が響き、いきなりぴたりとやむ。


がらりと部室のドアが勢いよく開かれ、中から佐伯が顔を出した。


「おい白木……あ?どうした間抜けな顔して」

樹季は固まってしまっていた首をぶんぶんと振る。
何も聞いてませんアピールのために空いた両腕を前に突きだしてそのままの勢いで先程開いた時よりも倍くらいの勢いでドアを閉めた。

佐伯先生の斜め後ろに制服を半分剥かれた渋谷の姿なんて見えなかった。ああ見えなかったとも。
必死に自分に暗示を掛けて全力で現実逃避する樹季だったが、無情にも佐伯の手によってもう一度ドアは開かれる。
「閉めてんじゃねえよ」


渋谷をあられもない姿にした犯人は、いつも通り不遜な態度で樹季を見下ろす。




「……せ、先生、これどういうことですか……」

「どういうことだと思う?」


にやりと佐伯は人の悪い笑みを浮かべる。生徒をからかう時、凶悪な顔をするのは佐伯の癖だが、それは付き合いが長くないと分からない冗談の見分け方だった。樹季は数学担当と風紀部の関係でようやく佐伯の冗談が通じるようになってきたのだが、問題は桶川だ。廊下ですれ違う程度、あとは先日の追試やサボった時連行された程度の関わりでは、佐伯の冗談を見分けることはできない。
よって、今回佐伯がからかっている対象は完全に桶川だった。声を掛けることもできず、しかし立ち去るタイミングを逃してしまった上とんでもない場面を目撃してしまい動くことができないでいる桶川を横目で見ながら、にやにやと佐伯は笑う。


「いや、渋谷が居るから渋谷に頼もうと思ったんだが、よく考えたらお前の方が適役だと思ってな」

「はい?」





ぽん、と佐伯が樹季の肩に手を置いた。




「脱げ」




パードゥン?
と疑問符を浮かべながら開かれた引き戸を再び掴んで冷静に閉めようとする、聞かなかった事にしてとっとと逃げ帰ってしまおう。

と、思っていたのに、狙い澄ましたかのようにえげつない一言が飛んで来る。


「顧問命令」

虐めか。

脱げと言っても冗談か、考えあってのことなのか?と思い、頷くべきか樹季が迷っていると、急に後ろから桶川が樹季の制服の後ろ襟を掴んで引き寄せた。佐伯の手は簡単に肩から外れ、樹季がよろけながら後ろに数歩下がる。


「お」


面白い物を見た、と言わんばかりの顔で、佐伯が軽く目を見開くと同時に、部室の中からズダダダッ!と走る足音がする。


「ちょっと何言ってんの鷹臣君!?何言ってんの!?」


足音の主、真冬は佐伯の元に駆け寄ってきたかと思うと、佐伯の腕を引いた。


「アッキーはまだいいとして!駄目だよ女の子襲っちゃ!もっと節操持って!!」

「……いや、渋谷も駄目だろ……」


冷静なツッコミを入れる佐伯だったが、視線は樹季と桶川の方を向いている。さて、どう出るか。
樹季の頭には別の言葉が過ぎる。「流れに」と言いたくなる。流れに逆らっちゃいかん。しかし、流れに流されてもいかん。どこぞの社長の言葉だったか。


けれど、流れに乗ろうが乗るまいがこの場では誰の肩を持とうがややこしくなるのは目に見えている。





床に座り込んだ、渋谷がよじよじと体を動かした。「樹季さん、逃げてー!いや助けて欲しいんだけど今は逃げて!」と半泣きで言う。


その言葉に反応したのは桶川で、樹季の襟を離し代わりに腰を掴み俵担ぎにすると、樹季が何かを言う前にその場から走り去る。


「いえええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっっっっっ!!!!!?????」


ドップラー効果を伴って遠くなっていく樹季の声を聞きながら、佐伯はにやにやとした笑みを消さないまま、青いなあ、などと呟いていた。廊下には桶川の持っていた開封前のコーヒー缶が転がっている。その缶を拾い上げてから部室に向きなおると、渋谷を守るように立ちはだかっている真冬と目が合った。



「アッキー……」



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