文芸道2

□うごく一手
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「……由井が話したのか?」

「さあ」

「しかし、それにしても……風紀部には他にも、女子がいたはずだろう?なぜ同じ学年でもない貴女が動いたんだ?」

「黒崎さんはあなたと逆で女子が苦手だから」


多分ねと付け加えられはしたが、嘘は言っていないのだろう。迷いのない言葉だった。この様子であれば、これを機会に風紀部の事を聞き出せるかもしれないと、歌音は少し身を乗り出した。


「じゃあ、もう一人、ウサギの仮面を付けた女はなぜ来なかったんだ?来れない理由があるのか?それとも隠し玉として有事にしか来れない理由があるとか……」

「ウサギ?」



そううまくはいかなかった。




「……風紀部の裏部員だろう?やたら強いと聞くが……じゃあ、文化祭で呼びこみをしていた執事服の男というのは?」

「?」


なるほど、佐伯がこの人を自分の元に向かわせた理由が分かったと歌音は息を吐く。おそらく、この人物は本当に風紀部のことを知らない。歌音と対談させても、情報を得こそすれ、情報を漏らす心配がない。


「そんなのいるの」


本気で分かっていないようなので、生徒会の役員が何人か返り討ちに会っている事を説明した。するとウサギや執事の男の外見はどんなものか、樹季が聞いてくる。歌音が首を傾げた。


「それは佐伯先生の方が詳しいだろう。……そろそろ、失礼する」


そう言い置いて、歌音は席を立つ。頭を軽く下げると、樹季はひらひらと手を振って見送った。










***










「次に動くのは彼女ですね。それも、もうすぐ」
数学研究室の革張りのソファーに腰掛け、今日も今日とて佐伯に渡されたプリントを閉じながら、樹季はそう言った。理由を尋ねると、会話の運びに焦りが見えたと返ってくる。

しかし生徒会も忙しいこの時期に動くのは変だと、樹季は不機嫌そうな顔色を浮かべている。生徒会にとっても風紀部にとっても、この時期に動いてプラスになることは無い、その辺りも含め先日訳を聞きに行ったのに、歌音といったら質問をする間も与えず立ち去ってしまったのだ。

突撃するならするで暇な時期にしてくれればいいのにと樹季は閉じ終わった冊子を机の上に投げるように置いた。


「だから、渋谷辺りを狙ってくるんじゃねえのか。この時期だろ」

「いえ、質問からしてウサギと、夏男君を狙う気です」


多分夏男君の方です、と樹季は言う。


「野々口さんを囮に会長が何か企んでるか……単に野々口さんが痺れを切らして無理矢理動いたか」

「そうか……そういうタイプの方が、頭がいい奴より厄介ではあるな」
「女の子には優しいみたいですけどね」
優しさより優先することが、生徒会長への義理立てであるのに違いない。


「そうだな……」


佐伯は少し考え、じっとソファーに座っている樹季を見た。


「今回は、野々口が動く前にお前が動け。うちの中で野々口と相性がいいのはお前だ」

「はい」

「じゃあ他の奴らには、余計なことはするなと言っておくか。っていうか言っとけ」


ふっと息を吐いて佐伯がそう口にすると、樹季がすっと眉を顰めた。そこに数学研究室と廊下を繋ぐドアの向こうから、声がかかる。


「失礼します、たか、佐伯先生。ちょっと……」

「黒崎」


真冬がドアを開け、樹季を驚いたように見た。佐伯も、真冬を確認した後樹季を見た。それだけで自分が邪魔だという雰囲気を察したのか、樹季はソファーから立ち、研究室から去ろうとする。




「待て」


しかし佐伯は樹季を出て行かせようと視線を送っていた訳ではなくて、短く樹季の名前を呼んで樹季を止めた。


「…………いいか」

「何がです?」

「そろそろお前にも言う頃だと思ってよ」


そして、ドアの前でうろうろしている真冬に声を掛ける。


「そのまま話せ」

「えっ……でも」


白木さんが、という呟きは喉の奥に消えた。真冬は真冬で、佐伯の思惑を察したらしい。
「じゃあ話しますけど……あの、ウサちゃんマンと夏男が同時に呼び出しを食らいました……」




はあ、と佐伯と樹季が同時に溜息を吐き、額に手を当てた。


「……タイムリーだな」

「……野々口さん、行動早い……」



たった数分前までの打ち合わせが無駄になった、と表情を暗くする二人に、意味の分からない真冬がおろおろと佐伯と樹季を見比べる。


「えーと……なにかあったの……?」

「気にするな。こっちの話だ。で、なんで野々口がお前に連絡寄越してきたんだよ。あいつにアドレス教えたわけじゃないだろ」

「それが……」


最近五組の女子の間で広がっている噂の事。昨日、夏男の姿で渋谷と共に街を調べていたら、野々口と接触した事。乱闘の末、野々口に携帯を奪われたこと。作り話だったはずの黄山の噂が、もしかしたら大事になるかもしれないこと。昨日の夜、渋谷の携帯にウサちゃんマンと夏男を呼び出す内容のメールが届いたこと。それのなにが問題なのか分かっていない樹季に、真冬は重々しく夏男とウサちゃんマンの正体を話した。こうして樹季は完全に風紀部の裏事情を知ってしまうことになったのだが。


「つまり何か、お前らはまんまと野々口の罠に引っ掛かった上、ボロ負けしてこっちの情報危険に晒して帰ってきたのか」

「…………ハイ」

「早坂は……早坂と由井はしばらく待てと言ったんだな?」


その忠告を無視してお前らだけで突っ走って、見事に向こうの思惑通りになってしまったと。

棘付きで言われた言葉に真冬の眉がハの字状態になってしまう。

佐伯は、しばらく何かを考えるように黙った後、膝を叩き、椅子から立ち上がった。


「部室に行くぞ。白木、渋谷を呼べ」
「はい」
「え、鷹臣君、何を……」


焦ったように呼び止める真冬に、佐伯は何でもない事のように言い放つ。


「白木にも話したんだ。次は渋谷に話していいかどうか確かめる」


研究室を出る。真冬と、渋谷にメールを打っている樹季も後に続いた。


「……あの、白木さん、驚きました?あの、夏男とウサちゃんマンのこと……」


樹季がメールを打ち終わったのを見計らい、真冬が訪ねる。樹季は別に、と返し、ポケットに携帯と片手を突っ込んで歩いていた。


「どっちかというと『鷹臣君』呼びに驚いた」

「あ、え、それはあの」

「親戚かなにかでしょう」

「い、いや……小さい頃隣に住んでて……」
真冬の暴露大会は更に続いた。
ウサちゃんマンとは何かと樹季が聞いて、佐伯が過去の偉業をペラペラしゃべる。
ホラ、と写真を見せられた時、樹季の視線に痛々しいものが混ざったのは……気のせいではないだろう。



「………………………」



ピンからキリまで話さなければ、真冬の趣味が疑われる。

問題を起こせば親から絶縁されるため、正体を隠して喧嘩をしなくてはいけないというところまで説明した。なぜあのウサギの面チョイスだったのかは、真冬本人もなんとなくだったので説明しようがなかったが。


無表情なので分かり辛いが、樹季の態度は変わらないので、引かれてはいないだろう。

大丈夫だよね……?とちらちら樹季の様子を伺う真冬に、佐伯からしゃんとしろ、と声が掛かった。


「これから渋谷への暴露大会になるかもしれないんだぞ」
がらり。部室の扉が開かれる。


「あ、真冬さん白木さん、と、佐伯せん……」


既に部室で待っていた渋谷の声が止まる。視線は佐伯の手元だ。


「よお渋谷。ちょっと確かめたいことがあるから面貸せ」


ビシッ、と手に持った縄を慣らし、佐伯鷹臣はそう言い放った。










***










「……ところで渋谷」
訳も分からぬまま縛られ、壁際に追い詰められた渋谷に、佐伯が二枚の写真を見せる。夏男の後姿と変態、もといウサちゃんマンの写真だ。


「この写真を見て、何か分かる事はあるか?」

「お面こわっ!!!」

「そこじゃねえよ……」


一秒で返した答えを一秒で却下され渋谷は考える。



お面以外で?

他に見る所といったら服と体型くらいだ。
後は靴か……。



思うまま、靴の事と身長のこと、体型のことを口にして、渋谷はある事に気付く。


「この二人の女の子、真冬さんと体型ぴったりですね!」


その言葉を口にした瞬間。




ダァンッ!と渋谷の両耳の横で、壁の鳴る音が聞こえた。
「……流石アッキー……これだけのヒントでそこまで分かっちゃうなんてすごいなぁ……」

「全くだぜ……下手に隠しとくと気付かねえうちにどこかでポロッと零しちまいそうだよなぁ……」


右耳の横には真冬の手。左耳の横には佐伯の足。壁と合わせて囲うように追いつめられている自分の現状を理解して、渋谷は青ざめながらゆっくりと二人の顔を見上げた。


「この際、正解教えて黙っていてもらった方が安全かもな」

「そうだよね……アッキーはそういう所頭いい奴だもんね」




渋谷の目の前には、





「私たちの秘密」

「一緒に守ってくれるよな?」





二人の鬼が居た。










***










『まっ、守ります守りますっっ』
『協力……してくれる?』
『しますしますマジ頑張ります!!!喜んで!』


ドア越しに聞こえる渋谷の必死な声。


途切れ途切れに聞こえる分でもかなり震えている。


「渋谷君はもっと注意力が必要だよ……」


顔の広い彼なら佐伯の傍若無人伝説の噂くらいは耳にしていただろうに。


「全く」


廊下で、部室の戸に背を凭れさせて見張り役をしている樹季は、中で起こっているドタバタを極力想像しないようにして、息を吐いた。そして、何とはなしに、横を見る。




「……」

「……」




コーヒー(加糖)の缶を持った桶川が立っていた。


がっちりばっちり独り言を言っている場面を見られてしまった樹季は、口の端を引き攣らせる。只でさえこの間の会話で桶川の方が構えてしまい、教室でも必要最低限の話しかできないでいたのだ。樹季はそろそろ会話の切欠を掴むにはどうすればいいか渋谷に相談して、行動に移そうと思っていた矢先の事だった。


コレである。





気まずい恥ずかしい。







「き、いてました?」


一応尋ねてみる。無言の頷きが返ってきた。


桶川とてハト相手に会話をするような人間なので引くほどではなかったが、どう声を掛けていいのか非常に悩むシチュエーションである。
「あー……なにやってんだ」

「えっと、取り込み中なので見張り……みたいな」


とりあえず当たり障りのない会話を選び桶川の方がが話しかけ、会話が成立しようとした時。





『よく見りゃお前……細い身体してんじゃん』





ドア越しに聞こえてきた佐伯の声に、桶川と樹季の動きが止まる。


『いやあああああ襲われる――――!助け……ヒィイイイィィィイ!』


桶川と樹季の顔がだんだん暗いものになっていった。















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あとがき。(2014.4.12)

ホチキスとホッチキスどっちが表記正しいんだろう。


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