文芸道2

□どうせばれるなら隣にありたい
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俺は番長さんに向かって手を伸ばす。だがすれ違いざま、ぎろっと番長さんに睨まれ、俺の喉は言葉を発さないままきゅっと閉まる。そうだった、俺の立場、樹季さんを喧嘩に巻き込んだ悪者でした。


残された樹季さんが落ち込んだ様子で地面を見ている。そこに、救急箱の人が、とことこと近寄って言った。そして、「桶川さんもああ言ってるし、ちゃんと冷やせよ」と樹季さんに湿布を手渡す。



「ちがうでしょおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおっっ!?」



思わず突っ込むと、きょとんとした顔を向けられた。きょとんじゃねえよ!


「今!この流れで!湿布を渡すってどんだけ空気読めないんですか!信じられない!」

「………そういや誰?」




なんか、見た事無い顔だなあ、と呑気に言われたけどそういう自己紹介する場面でもない。


「後輩の渋谷君、一年生だって」

「一年生!?へー、背え高いな」

「…………………」


樹季さんの手慣れたあしらい方を見るに、コレがこの人の通常運転なんだろうということは分かった。





「……後藤君はいつもこんなんだから」


頬に湿布を張りながら、諦めたような声で樹季さんが言う。あ、貼るんだ湿布。
明日どんな顔して会おう、なんて考えてそうな顔で、樹季さんは湿布の上から自分の頬を撫でた。


「樹季さん、逃げ腰気味なのをやめましょう。あの人押してダメなら引いてみろが効かないタイプですよ」



がしっと樹季さんの肩を掴み、俺は熱弁する。



「気まずいかも知れないけど、明日は頑張って番長さんに話しかけてください。一言目で外しちゃうとこの後ずっと気まずいままですよ!」

「なんで君は謎のレクチャーを始めているのかな」

「なんか責任感じちゃったんですよっ!原因作ったの俺だし!!」



がくがく樹季さんの肩を揺すっていると、はい、と横に立っていた救急箱……後藤さんが手を上げた。


「レクチャーはいいんだけどさあ、お前、えーと、渋谷。あんま白木にべたべたしない方がいいぞ。桶川さんにバレたら殴られるかも。俺、前に口滑らせてフェンスに頭叩きつけられた」


無言で迅速に樹季さんの肩を離して直立不動の体制を取った。
さっき吊るし上げられてた人たちの様子が頭を過ぎり、背中に冷たい汗が流れる。ソレ確実に脈ありの反応じゃないか。なんでそこまでしといて、周りにもここまでバレといて、くっついてないんだこの二人。溜息をついた後、俺は樹季さんにびしっと指を向ける。


「樹季さんが頑張らないといけませんよ」念押しした後、隣に居る後藤さんに声をかけた。

「ちょっといいですか。可能なら番長さんの性格とか好きなものとか教えて欲しいんですが」
急に呼びかけられて驚いたらしい後藤さんが、思わずといった感じで聞き返してきた。「何で?」
「何するにしたって、相手の情報が必要でしょ。後藤さん、番長さんと親しそうだったし」


「うん、まあ仲は悪くないけどさ。そういう事だったら、白木の方に聞いた方がいいぞ。白木、去年は桶川さんのストーカーしてたから」


絶句した。正直ちょっと引いた。失礼な、と小さく樹季さんが呟く。


「だって河内がストーカーって言ってたからさ」


今度は声を出さず、樹季さんがギッと上を見る。三階の、閉じた窓の奥に、こちらを探るように見下ろしている黒髪の生徒が居た。見る限り、樹季さんに好意的な人物ではないようだ。




大変そうだな、と俺は校舎を仰ぎつつ目を細めた。





*****





昨日、図らずも他人にばらされる形で想いを吐露された私は、多分渋谷君に言われなかったら今日は一日中先輩を避け続けていただろう。それだけは絶対するなと渋谷君に釘を刺されたからしないけど。


変に緊張して重くなる足を叱咤して、自分の教室の戸を開く。が、桶川先輩は教室にいなかった。よく考えたらあの人、遅刻常習犯だった。
へーえそうかいそうかい、このもやっもやした状態のまま昼まで待てと。そうかそうか。


そんなことを考えながら教室の中に入ると、桶川先輩の机にあってはならないものが見えた。

机の横に掛けられた鞄と、机の上に置かれた花瓶入りの花。あれ、園芸部卒業したんじゃなかったか。後輩に受け継がれてるんだろうかこの習慣。去年の三年生は慣れていたようだったけど、今年初めて先輩とクラスメイトになった面々は性質の悪い嫌がらせにしか見えなかったようで、びくびくと机に乗った花を見ていた。


誰もが遠巻きに見ていた花瓶を掴み、教室の後ろに持って行く。教室の皆から拍手をせんばかりの視線を向けられた。いや君ら、花瓶移動させるくらいできたでしょうが。桶川先輩の机が噛みつくわけじゃなし。



それより、私が気になっているのは花瓶じゃない。鞄のほうだ。先輩、教室きたんだろうか。


「あー、桶川はさっき後藤たちと遊びに行くって出てったぞ」


鞄を凝視する私に、クラスメイトが説明してくれる。


………………後藤と河内の鞄もそれぞれの机にある。




「白木?」


避けられてるとかそれ以前に、この間まで出席が足りないと騒動していた留年生とその腰巾着コンビは何を考えているのか。喉元過ぎればというやつか。
「えっどこ行くん……白木?白木ー?」
呼び止めようとするクラスメイトを尻目に、私は教室を出た。





*****





がしゃがしゃと電子音ばかりのゲームセンター内で、飴を口の中で転がしながら桶川は宙を見ていた。背を凭れているゲーム機で、後藤と河内が対戦しているが、僅差で後藤が勝ち、片手を大きく上げる。


「あ、桶川さん、空きましたけど次やります?」

「いい」

「じゃー河内、次なんか賭けて対戦してみる?」

カーレースのゲームを指しながら言う後藤に、少し不機嫌そうな顔の河内が首を振って答えた。

「それこそお前の幸運スキルが出るだろうが。お断りだ」

「それを頭でどうにかするのが河内の戦い方だろ」

「はっ」

「…………それにしてもさあ……」

「……ん?」




どうやら河内に言っているのではなく、独り言らしい。

ぶつぶつ言い始める河内に、河内はどうした、こいつが考え事なんて珍しい、まあすぐいつも通りになるだろう、こいつだし、と思ったので後藤の言葉を待つつもりで黙っていた。
「なあ、河内」


案の定、後藤はすぐに顔を上げ、河内にだけ聞こえるようにこそこそと顔を寄せて話を切り出した。


「……なんか昨日から、桶川さんの様子がおかしいんだけど、なんかあったのかな」


その内容は思わず河内も絶句したくなるようなものだったが。






「……は?」

「なんか物思いにふけるっつーの?確かに最近考え事は増えてたけど、昨日からボーッとしてることが多いし」今日だって珍しく早く起きたと思ったら結局サボるし、かといってゲームするわけじゃないし、どうしたんだろう、と後藤は桶川の方に視線をやっている。

どうしたもこうしたも、お前が昨日白木のあれそれをバラしたからじゃないのか、と昨日の一部始終を三階から見ていた河内は思う。が、後藤自身は全くそれが原因だと気付いていないようで、本気で頭を捻っている。一瞬、ツッコミ待ちか、態とやっているのかと疑いの念が頭をもたげるが、後藤の事だ、おそらく素だろう。


「お前、いつか頭から花でも生えてくるんじゃねえの」


そんな会話を交わす二人の背後に、ひとつ、立つ影がある。その影は、二人に気付かれないように近付いて、対戦ゲームの丸椅子に座っていた河内の肩を背後から、そして手を伸ばし、その向かいに立っていた後藤の肩を背後から掴んだ。


「見――つけ――た――」
おどろおどろしい声に、二人の肩がびくっと跳ねる。
よく覚えているこの声は!?
数学の時、朝礼の時よく聞くこの声は!
二人は反射的に逃げようとするが肩を掴まれているため徒労に終わる。
おまけに、ギリギリギリギリと力が強くなっていく。
冷や汗が出かかっている二人は動揺を見せないつもりで、



「佐伯……」

と、その人物の名前を呼んだ。

その人物はにっこりと、効果音だけは爽やかなのに真っ黒な笑みを浮かべて二人を見下ろした。


「もう一時間目も始まってんのになにしてんだー?なァ?三年四組河内智広、後藤大吉、んで留年生の四年四組桶川恭太郎」


名前を呼ばれてようやく気付いたのか、桶川はゆっくり佐伯の方を振り返る。少し驚いたように目を見張った後、すぐに目付きを鋭いものに変えた。相手の出方を伺っているように見える。



片や、腕力では右に出るものの出ない現番長。

片や、喧嘩のセンスは誰よりも優れているが教師という立場の俺様非道最凶元番長。


緊張した空気がゲームセンター内を満たす。







「さて、行け、対桶川リーサルウェポン」

かに思えた。

しかし、佐伯の背から、ひょこりと樹季が姿を現し、緊張した空気は霧散する。がりっと桶川が飴を噛み砕く音がした。
桶川達への対処に困った、佐伯の策略であった。佐伯は生徒に手を挙げられない。かといって話し合いでは一筋縄ではいかない相手だから、押し問答をするわけにはいかない。しかし、サボった生徒がいると職員室で報告を受けておきながら放って置いては角が立つ。


「サボりの生徒連れて帰るのに、別の生徒引っ張り出してきていいのか」

「名目上は、白木は体調不良で早退だ」

佐伯の言葉に、不良三人が呆然とする。

「白木」

「今家に帰って薬を買いに行く途中ゲームセンターでお三方を見かけたらなんと佐伯先生に連行されようとしているところでした。おっと急に体調回復してきたぞ学校にもどろうかなあ。あっそうだ、折角だし仲良しな風紀部顧問佐伯先生のお仕事を部員としてお手伝いしようかなー」

「棒読みじゃねえか!」

ツッコミを送る後藤の横をすり抜け、樹季は桶川の元へ歩いていく。少し迷ったようにうろうろと桶川の周りをうろついた後、ようやくどう桶川を連れて行くのか決まったのか、桶川の後ろに回った。そのままゲームセンターの出口に向かって桶川の背を両手でぐいっと押す。何か言いたげに背後に視線をやった桶川だったが、ぐいぐいと背を押す樹季に観念したのか、ひとつ溜息を吐いて歩き出す。


「じゃあ行くか」


続いて、不良二人の肩を掴んだままの佐伯もゲームセンターの出口に向かう。

「いてててててててててててててて!!」

「歩く!自分で歩くから離せ!」





***





学校までの上り坂を、五人達は心持ち早足で進む。


樹季は桶川の背から手を離し自分で歩かせると、佐伯と自分で三人を挟むような形になるよう一番後ろを歩いた。

山の中腹に差し掛かると、木漏れ日が差し込む通学路用の道は、薄影が涼しかった。

下の方から、佐伯達五人が坂に姿を現すと直ぐに、早贄後の百舌鳥が木から飛び立っていく。それも一羽ではなかった。

街からバスで十五分、歩きだと麓〜学校の正門まで三十分以上掛かる道のりは長い。樹季は火事の後はバス通学の料金払い込みをしていないので毎朝この道を上り下りしてはいるのだが、他の四人とて伊達にこの学校に一年以上通っていない。それなりに坂道に慣れているのか、それほど疲れた様子は見せず、学校までの道を歩いている。
一番最初に他のメンバーのペースに付いていけなくなったのは、やはり樹季だった。段々歩く足がゆっくりになり、前との距離が開いていく。

一本道だし、自分が最後尾を歩いてさえすればいいので慌てる必要はない。

樹季は息を吐いて、自分のペースで学校に向かうことにした。
が、自分の後ろの気配が離れたのに気付いたのか、樹季の前を歩いていた桶川が後ろを向く。はーはーと息の上がっている樹季を見て、坂道を少し下ってきた。


「なにやってんだお前」

「……ばてました……」

「もうか」

「文化部舐めないで下さいよ」



監査の時あれだけ大暴れしておいて何を言う。

桶川は思ったが口には出さなかった。


息を整えながら歩みを進める樹季に合わせ、桶川もゆっくり歩く。一時間目が終わったのか、遠くでチャイムの鳴る音が聞こえた。















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気まずい事に気付かないよう目を逸らすことばかりがうまくなっていく。



(2014.3.27)



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