文芸道2

□いつまでたってもこのままで(いるのは嫌だという変化)
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「あ?」
ヤーさん丸出しの応答をする、目付きの鋭いオールバックの生……徒……?


それはいい。それはいいんだけど。



「なんだそいつ」


何でこの人片手で人間の頭掴んで吊るし上げてんの。

どんな腕力してるんだと思いつつ人間てるてる坊主をぶらぶらさせているオールバックの人をちらちら見ていると、目が合った。慌てて逸らす。目の端で、オールバックさんが不機嫌そうに顔を顰めた。怒っているようでもあったし、不愉快そうでもあった。俺はその理由が分からず、結局、踵を返してその場から立ち去った。あれはいったい何であったのか、俺は今も分からない。


「君が挑発した人たちに囲まれて、一発殴られた時、先輩が来てくれたの。まあ、人通りの多いところだったから偶然だろうけど、頼りになるでしょ」


俺に続いて茂みから抜け出した樹季さんが言う。ちょっとだけ声の調子が得意気だった、ような。
そうか、この人が思ったより怒ってなかったの、あの人が理由か。
「……先輩が来る前に君が来てたら、『あ、私降参するんで遠慮なく渋谷を殴って下さい』って言えたんだけどね」
……うん、でもやっぱりまだ怒ってるみたいだ。

「白木ー!」
茂みの前で、どう樹季さんの機嫌を直そうか考えていると、校舎の中から救急箱を抱えた人が走ってきた。
ぱっと見、人のよさそうな顔でほっとする。
「救急箱持って来たから湿布貼れ湿布!」
「臭い」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ!」

「大したことないよ」

「後から腫れるかもしれないだろ!」

「眩暈も無い、噛み合わせも問題なし、歯も折れてない、問題ない」


つんとした調子で樹季さんは言い張る。


「まあ、救急箱持ってきてくれたのは有難う」


救急箱を持った男子が困ったように黙り込む。意外と樹季さん子供っぽいんだな、と俺は頭の中に樹季さんのデータをインプットした。

でも、俺としても女の子の顔に傷残るの嫌だし、治療はしてほしいんだけど。そう、また怒られる事を覚悟で言おうとすると、その前に、がさがさと背後の茂みから人が出て来る気配がした。


「あ、桶川さん!桶川さんも言ってやって下さいよ!」

「あ?」
茂みの中から出てきたのは、さっきのオールバックの人だった。相変わらず不機嫌そう。いやそれより。桶川。桶川って。
「ば……番長!?桶川って、あの桶川!?」
「なんだよ」
「え……?え?なんで番長さんが樹季さんを……」
口に出してから、愚問だったと思った。この学校の番長とあろう人が、ただの一般生徒の女子を助けにくる理由なんて一つしか思い浮かばない。俺はすぐさまその場で膝を付き、土下座した。


「……すいませんでしたっ!!!!」


番長さんから、なんだこいつ、と言いたげな雰囲気が伝わってきた。このまましらばっくれ続けることができれば一番平和なんだろうけど、それはそれで後が怖い。なら今謝ってしまおうという結論になった。


「勘違いだったとはいえ、番長さんの彼女さんを巻き込む形になって、本当にすいません!今後は樹季さんの方に被害がいかないようにして……」

「はあっ!?」

「いや、態とじゃなかったんです。勘違いと早とちりでこうなってしまったというか」

「そこじゃねえ!彼女じゃねえよ!」

「え……?それでも少しは、仲良いんじゃないですか?助けにくるってことは」


まあ立場が立場だし公言しにくいんだろうけど。
「お二人の問題だし深くは突っ込みませんけど。俺にはそう見えましたよ」
一瞬、無言の時間が流れる。


それで、俺にはこの二人の関係性が何となく理解できた。


何らかの理由があってあと一歩が踏み出せないのか。それとも単に自分の気持ちに鈍いか。


樹季さんをちらっと見る。怪我した頬をずっと押さえているが、頬が赤くなっているのは多分打撲の所為だけじゃない。

番長さんを見る。男子の考えを読むのは不得手だけど、怒っているというより慌てていることは分かった。

時間があればゆっくりくっつくのかもなーと状況に会わないほのぼのした心地で考えた時だった。




「え?二人って付き合ってなかったんですか?」




爆弾が落ちた。




救急箱を持った彼は、空気を読まずにきょとんと樹季さんと番長さんを交互に見ている。


「てっきり、白木の方が告って、オッケー貰ったもんだと」

「は、はああぁぁぁああ!?ねーよ!」







……変な修羅場に巻き込まれてしまった。


そう後悔する間もなく次の爆弾は落とされる。



「白木、まだ告ってなかったの?二年の春頃からずっと桶川さんの後ろくっついてたのに?」



それは駄目だ。俺は頭を抱えたくなった。


そういうカミングアウトは本人がするもので、決して他人が横からつつくようなもんじゃない。これがまだ、横から口出した相手が冗談のような口調で言っていたらフォローのしようがあったんだけど、残念ながら弁解のしようが無いほどの素の口調だった。

いたたまれない空気がその場を支配する。

「……春頃…………?」

おまけに番長さんの方は今知った感じですねこれ!

「ちょ、ちょっと待って後藤君、それいつ気付いて、っていうか何で知って」

あああ本人が肯定しちゃった!

「河内が最初に気付いてさ、マークしとけって言われて俺も気付いた」


「か・わ・う・ちぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」

怒りだろうか恥だろうか、腹の底から響かせた樹季さんの声が、きぃんっと脳を駆け抜ける。すでに手遅れだけど俺は耳を塞いで、その場に頭を抱えるようにして座り込んだ。さっき頭を抱えたくなったと言ったけどこんな形で叶わなくても良かったのに。

俺より先に耳を塞いで、耳鳴りを回避した救急箱の人がとんとんと肩を叩いてくれる。ああ、いい人だこの人。


「樹季さーん……」


人が集まって来ちゃいますよと言うと、ようやく樹季さんは叫ぶのを止めた。そして、おそるおそると番長さんの方を向く。番長さんは、じっと黙って樹季さんの言葉を待っているようだった。

これは、一世一代の大勝負の場面か。誰もが息を飲んで、樹季さんの言葉を待った。


「あのっ、実は、」


そして、樹季さんが振り絞るような声で、その言葉を口にしようとした瞬間だった。





べしゃ。






樹季さんの頭に白いタオルが落ちてきた。

ぽたぽたとタオルの端から水が滴っている。ゆっくりとタオルを頭から取って、樹季さんが上を見る。俺達もそれに倣って側にあった校舎を見上げた。ぴしゃっと三階の窓が閉まるのが見えた。


「……河内かな」


冷やせってことだろ、と言われ、樹季さんが得心のいったようにタオルを頬に当てた。さっきまでの緊迫した甘酸っぱい空気はすっかり吹き飛ばされてしまっている。いや、樹季さんはまだ何か言いたげに番長さんを見ている。このまま勢いで言ってしまいたいという気持ちと、こんな空気の中で言いたくない気持ちがせめぎ合っているのが俺に伝わってきた。いやいや、俺に伝わっても意味ないんだって。けれど、番長さんの方は、気まずそうに一言、ちゃんと冷やしておけよ、と言って樹季さんに背を向けてしまった。


あ、あ、まずい、なんとか引き止めないと。










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あとがき。(2014.2.14)

だんだん後藤が保護者みたいになってきてます。

みなさまハッピーバレンタイン。チョコください。



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