文芸道2

□トラブルの狼狽
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子分志願の動機が不純にも程がある赤毛の後輩は、にっこり堂々と守ってくれとのたまった。

殴る蹴るの暴力を好まない(ブチ切れている時はともかく)樹季でさえ、その小奇麗な顔に蹴りを叩き込んだろかと思う程、ふてぶてしかった。

それは実行に移されることは無かったが。


「いたぞ!渋谷―っ!」

「!じゃ!後はよろしく先輩方!」




渋谷に彼女を奪われたらしい男子生徒達が駆け寄ってきたものだから、渋谷は脱兎の逃走。

最初の男子の呼び声で、他の男子も集まってくる。人の怒りは、周りに影響されやすいから、他に怒りの感情を持っている人間が近くに居ると、何倍も跳ね上がるという。
樹季は全く関係ない上生粋の一般人なのだが、『そこにいた』というだけで恨みの対象に含まれる程度には頭に血が上っているらしい。樹季はすこし慣れてきてしまった襲撃の拳をなんとか躱しながら、すごく狼狽している後輩の姿を先輩として心配して見ていた。



「余所見してんじゃねえ!」



この人たちの中ではすっかり自分は『渋谷の飼い主』の一員なんだろうな、と思いながら、樹季は踵を返して逃げだした。
真冬なら囲まれてもまあ大丈夫だろうと根拠のない信頼を置いてその場から去る。やはり何人かは樹季を追ってきたが、逃げ足ならそこそこ自身がある。

いざとなれば女子トイレに籠城しよう、と決めて、樹季は走った。



しかしやはり所詮体育会系と文化系。体力差は歴然だった。



校舎の中に入る前に追い詰められ、更に追加で襲ってきた別の男子たちに囲まれ、四面楚歌の状態が出来上がる。


「……やっと掴まえたぜ、飼い主さんよお……」

「アンタを倒せば、渋谷に文句言えるんだろ?」


ゴキゴキと指を指を鳴らし近寄ってくる体育会系ズ。逃げてる間、何度か樹季も誤解だと主張してみたのだが、聞きやしなかった。どいつもこいつもこの学校の人物は人の話を聞かない奴が多すぎる、と内心で舌打ちする樹季だった。一回やられて渋谷が痛い目見た方がいいんじゃないか。


柄にもなくそう思った。ここ一年濃い人物ばかりとばかり付き合って来ていたから、この程度のトラブルに巻き込まれたくらいでは動揺しなくなっている。



ハンズアップ。





*****





時を進めて数分後。
「すっげー……!!!強いっすねあの人たち……!!!」
そう真冬に言い残して渋谷は早坂と由井の二人を凝視する。二人は風紀部の仲間のピンチに、颯爽と登場し、まさにヒーローのように(設定を作って)ばったばったと襲ってきた男子生徒を薙ぎ倒して居るところだった。

元々返事を期待しての呟きでは無かったが、やっぱり真冬からの返事はなくて、その代わりにくぐもったような潰れた蛙のような、妙な叫びが真冬の口から漏れる。


「なんスか真冬さん」

「今思い出したけど白木さん!あの二人がこっちに来ちゃってるってことは、白木さん一人で追いかけられてる!」

あの人は純粋培養の一般人なんだよ!と慌てだす真冬に、渋谷の顔色が変わる。

「げ……!!あ、あの、一応聞きますけど、樹季さん、格闘技の経験とかは……」

「ないよ!あんな人数の奇襲なんて経験もないだろうし!私ちょっと探してくる!」

「えっ、一人でですか、ってかあの二人置いてですか!?」

「…………っまあ、あの二人ならなんとかいけるさ!」

「そうじゃなくてあんなにカッコよく決めて出てきたのに守った相手が途中離脱とか」

「(ブチ)アンタが変な事言って回るからこうなったんでしょおぉおがあぁああぁ!」


怒りながら駆け去っていく真冬の背を見つめ、渋谷は嘆息する。

「ああ、行っちゃった……真冬さんまで向かったらまた奇襲を受けちゃうから待機してて欲しかったのに」

渋谷はがしがしと頭を掻いてから、思い切ったように顔を上げた。認めよう、今回の事は自分が悪い。『真冬番長』の噂の真偽を確かめる前に――というか、確かめたかったからおびき寄せるために名前を使わせて貰ったのだが、よもや無関係の女の子まで巻き込んでしまうとは。
渋谷は、背は高いが、肉体派でなく、喧嘩も弱い。今まで襲ってきた元彼集団と競り合ったら一分かからない内に負けるだろう。正直言うと怖い。すごく怖い。


しかし、巻き込まれた女の子は更に怖いはずだ。

渋谷は震えそうになる膝をぱんっと叩いて、真冬の後を追って駆け出した。






*****





 思ったより、真冬さんの足は速かった。



「ちょ……ちょ……真冬さん、速い……!」

「だから付いて来なくていいって!?待っててよ!?」

「だって、危ないし」

「あーもう!別れて探した方が効率いいから!」


そう言い残すと、真冬さんは更にスピードを上げて駆け去って行った。ちょっとあれ、航平君より速いんじゃないの!?陸上でもやってたんだろうか。




「……ぁ、もう、無理」


ばくばくと心臓や肺が限界を訴え始めて、とうとう足が止まってしまった。少しだけ、少しだけ休もうと校舎に身を預けた時、かすかにだがなにかを殴るような音と、呻き声のようなものが聞こえた。


慌てて耳をすまし、音の発信源をたどりながら、震える足を進める。

そこの角だ。そこの角の向こうから確かに、何かを殴る音が聞こえた。

ああ、できれば、最悪の結果になっていませんように。

そう願いながら、角から飛び出す。

確かにそこに樹季さんはいた。少し赤くなった左頬を覆うように手を当て、立っていた。周りに人の姿は、ない。



「もう少し早く来てくれれば良かったのに」樹季さんがそこで言葉を止める。結論を焦らす演出ではなく、単に、むせただけのようで咳払いを何度か、しつこくやった。が、彼女がどう続けるつもりだったのかは聞かずとも分かった。言いだそうとした樹季さんも同様だったらしく、「そんな顔今、しても、許さないからね。人の名前を出して、他人に喧嘩売るなんて、っ」


ぷ、と言葉の途中で樹季さんが唾を、というか血を吐き捨てた。殴られた時に口の中を切ってしまったか。




ヤンキーの中での暗黙の了解。

必要以上に仲間を心配しない。それは侮辱に繋がる。仲間の力を疑わない。それは不信に繋がる。

俺が今まで通っていた東校では男女関係なくそれで通ったのだけれど、それはあくまでヤンキー内での話だ。巻き込んだのが一般人の女の子だったと分かって、罪悪感がずんと心に圧し掛かる。

「ご、ごめんなさい……」

「まー一発かすっただけだったし無事だけど」


はー、と息を吐く樹季さんは思ったよりは怒っていなかった。うんざりした様子で頬を擦ってはいるが、他に怪我も見られない。


「あの、あの襲ってきた人たちは?」


そう聞くと、樹季さんは無言でちょいちょいと手招きした。近くの茂みをかき分けて、先輩、と声を掛ける。



あ、もしかして誰か別の人が助けに来てくれてたのか、と少しだけ安心しながら目を向けると、とんでもないものが目に入ってきた。















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あとがき。(2014.1.24)

俺Tは戦ってなんぼだと思ってるので夢主も傷が残らない程度に怪我してもらいます。

ていうか男らしいなこの夢主



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