文芸道2

□トラブルは春風と共に
1ページ/1ページ



風紀部の後輩で女子と言えば一人しか思いつかなかった。
反射的に教室の外に飛び出そうと、ドアの方へ走り出そうとしたら、傍に居た河内に襟首を掴まれた。
喉が詰まり咳が漏れる。続いて、逃げられないように桶川先輩から頭を掴まれた。


「出入り口閉鎖!」


止めに、後藤がそう叫ぶ。ドア近くに居た不良ABがぴしゃっと教室のドアを閉めた。ちょっとなに君らその連係プレー。

ぐっ
と桶川先輩の手が私の頭を上に向かせる。
私を見下ろしている先輩の顔が不機嫌そうに顰められていて、元々迫力のある三白眼が更に鋭くなっていた。

「だから毎回毎回どうしてお前はこういうことに頭を突っ込もうとするんだ」
「お前が戦闘に参加すると碌な事にならねえ、大人しくしてろ」

上から先輩、横から河内の声が聞こえてきた。なんでこういう時だけ意見が合うんだこの二人。







*****







見失った……。
どうにか後藤や桶川を説得して樹季は外に出た。真冬を探し、目が悪い代わりに音に集中していた耳が後ろからの声を聞き取る。
「ねえ君、誰か探してるの?」そう話しかけてきた赤い髪の男子――渋谷亜希は、人好きする笑顔を浮かべた。真冬の事が心配な樹季は他人に構っている余裕は無かったのだが、笑顔で接してくる人物を無下にするほど悪い性格にはなれない。初対面の渋谷に向き直り、何か用、といつもの平坦な声で聞いた。


「何かを探すように周りを見てたから、誰か探してるのかなーって。良ければ手伝おうか?」


初対面なら怒っていると勘違いされる樹季の態度に臆することなく、渋谷はにこにこと話しかけた。
相手が本当に怒っているのか、焦っているのか、単にそういうタイプなのかを見分けるのは、渋谷の十八番だ。女性限定だが。


「俺、特徴言ってくれればそれを手がかりに探すから、教えてくれない?」

「ショートカットの女子。二年。朽葉色の髪」

「……く、くちばいろ?」

「……緑味の入ったベージュみたいな」


画像を見せれば済む話だが、生憎と樹季は真冬の画像を持っていなかった。


「んん、まあ探してみるよ。あ、見つけたら連絡するからアドレス教えて!」



これが目的か。

ちゃっかり者め……。


「やだなあ、そんな冷めた目しないでよ……白木樹季……あ、先輩か」


ちゃんと人探しは手伝いますって。

じとっとねめつけるような視線を寄越す樹季に渋谷は新しいアドレスを見ながら言った。


「じゃあ俺はあっちの方探しま――」


そう言って渋谷が樹季とは逆の方に向かおうとした時。

渋谷の前に、ぬうっと立ちはだかる影があった。




「……お前がアッキーか?」




無精髭を生やした強面の男子が、ギロリと渋谷を睨み付ける。渋谷は少し首を傾げて携帯を仕舞い、まじまじとその人物の顔を見た。
「えーと、どちら様ですか?」
渋谷と同じように、樹季も立ちはだかる男子の顔を確認してみるが、知り合いだったという記憶は無い。薄っすら見覚えはあるから、二年か三年だろうか。


「お、俺は!朋美の!……っも、元、彼氏、だ……!!」


いや、だから誰だよ朋美って。


樹季にとっては訳の分からない自己紹介だったが、渋谷には心当たりがあったらしい。あー!と声を上げて手を打つ。

樹季がそろそろこの場からトンズラこいた方がいいかなと思ったのは、突っかかってきた男子が拳を固め始めたころだった。この時間裏庭はひっそりと静かだ。少し離れた校舎を伺う。ここは美化委員が裏庭のごみ捨て場にごみを捨てに行く以外はめったに人が来ない場所だった。校舎の影は薄暗く、人影もない。壁に這うツタは人気が無い事を象徴するかのように縦横無尽に広がっている。なぜ人気のない場所の植物はあんなにいきいきとしているのだろうか。

おざなりに刈り込まれた植木のわきにある道に、怒りに拳を震わせた男子生徒が仁王立ちしていた。対面には渋谷と完全に巻き込まれた樹季。非常に逃げにくい状況ではあるが、空気を読まずにサヨウナラしたくなる状況だ。


「お、お前朋美だけじゃなく他の女まで……!」


おまけに何やら不愉快な勘違いをされている。ポーカーフェイスは崩さず眉だけを顰めた樹季を見て、渋谷は慌てて弁解を始める。


「この人と一緒に居るのは人探しを手伝ってたからで……朋美さんとも一緒にお昼食べただけですって。二人っきりじゃないですし!」

「でもっ!俺達は昨日までラブラブだったんだ!!!なのに、今日になって『もっと体毛が薄くて鷲鼻じゃなくて目が二重でもっと細身の美少年だったら良かったなって思うの』って……!『トークどヘタよね』って……!」


怒りか悔しさか、ぶるぶると男子生徒の手が震える。


「逞しい所が好きって言ったのに!!!口ベタな所が好きって言ったのに……!!!」

「髭くらいは自分で剃ればいいのに」

「剃っても生えて来るんだよ昼には!女は黙ってろ!」
ぴくっと樹季が反応する。
女だから男だからとあれこれ言われるのは、とても、腹立たしい。


「……女だからと言って相手を威圧してるような人は、遅かれ早かれ嫌われますよ」

「うるさい!とにかく!それもこれも……全部そいつが悪いんだ!!!どうせそいつが『ガッチリ系のブーム終わってますよ』とか言ったんだろう!!!朋美はブームに弱いからな!


その程度で別れ話になるなら、どっちにしろ近い内に別れてたのでは。

そう口を開こうとした樹季を遮って、一歩前に出たのは渋谷だった。


「なんでばれたんすか!?エスパー?」


気の抜けた風を装った、相手を煽るような口調だった。

男子の視線が、樹季から渋谷に戻る。庇われたのだと樹季が気付いた瞬間、とうとう不満と怒りが爆発したのか、男子が渋谷に殴りかかっていく。流石にそれは想定外だったらしく、渋谷は慌てた。



「ちょっ、マジ、たんま!!!」
バックステップして渋谷が叫んだ。
「待って待って、あっ!あのっ、先輩!そういう事は、黒崎真冬さん通してからにして!」
どういうことだろうか。樹季には理解できなかった。

それは殴りかかっていた男子生徒も同じだったようで、ぽかんと手を止めて、くろさき?と間の抜けた声で呟いた。


「じゃっ、真冬さんやっつけられたら謝るよ……それに俺殴ったら朋美ちゃんにバレちゃうって!!サイテーって言われちゃう!……だから、俺の苦情は全て!黒崎真冬によろしく!!!」


男子生徒の悔しそうな声を無視して、渋谷はくるりと向きを変える。二歩程進んだところで引き返し、男子生徒の近くで突っ立っている樹季の腕を掴んだ。


「巻き込んですいません、でもその人怒っちゃって危ないから」


小声でそう言って、樹季の手を引いて逃げ出した。逃げ出したい、と思っていたのは樹季も同じなので、しばらくは黙って付いていっていたが、充分男子生徒から離れたところまで来たとき、思いっきり渋谷の手を払いのけた。



「樹季さん?」
「サイテーは貴方だよね」
どうして黒崎さんの名前を出したの、と聞くと、渋谷はきょとんとした顔で首を傾げた。


「あれ?黒崎真冬を知ってるってことは、樹季さんも黒崎番長の子分――」

「ちょっと!あんた私に恨みでもあるの!!?」


高い声が渋谷の声を途切れさせる。思わず声の方を向いた樹季と渋谷の元に、鬼のような形相と気迫で走ってきたのは今噂の元東校番長、黒崎真冬だった。恨みがあるのか聞いてくるということはさっきのやりとりを見ていたのだろう。




「あ、もしかして黒崎真冬?なぁんだ、思ったより小さいんすね……俺の名前は渋谷亜希!アッキーって呼んでね、元東中の真冬番長♡」

「な!?」





真冬に文句を言う隙を与えず、渋谷は強引に自己紹介を終える。

樹季は以前、幼馴染の寒川航平から真冬の武勇伝をひとしきり語って聞かされていたから、番長という単語を聞いても驚いていなかったが、他の人物に聞かれてしまっては事だ。真冬が動揺して顔色を無くす。


そんな真冬の動揺を知ってか知らずか、渋谷は、真冬番長の傘下に下りたい、と地に手を付いて頼み込んできた。ここまでなら可愛げがある。だが。
「カワイイ子分の後始末よろしくね、真冬センパイ、樹季センパイ♡」









----------
あとがき。(2013.12.29)

マッチョブームがきたらまた寄り戻せるよ。
頑張れ彼氏さん。



[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ