文芸道2

□彼のために存在する理論
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「後藤か……」
河内は驚く様子も見せず後藤の方を見る。後藤は茂みをかき分け、後藤の前に仁王立ちした。
「お前、何言ってんだよ……桶川さん留年させたいのかよ」

「あれ河内君、後藤君に言ってなかったの?」

「致し方あるまい」

「いや仕方なくねえよ!!桶川さんかわいそうだろ!!!」


怒鳴っても、河内は顔色一つ変えず後藤を見据える。


「なぁ後藤、これはいい機会だと思わないか?俺は桶川さんの邪魔をする。お前はそれを阻止する……勝った方が、次の番長になる」


後藤はその言葉にはっとする。


来年度の、緑ヶ丘のヤンキー達の立ち位置をどうするか。


河内は河内で、考えているのだ。


「……わかった」
後藤は、深く頷く。
「その勝負、受けて立つ!!」
友人が自分と同じ考えを持っていたことに、むず痒い嬉しさを感じながら。
「……あのぅ……」
そこに、挙手をして口を挟んできたのは、成り行きに巻き込まれた、もとい、成り行きを見守っていた風紀部だった。



「そうなると留年決定したら 結局番長は番長のままで……」


「河内が番長になることは絶対ないような……」


「新番長賭けとらんぞ!!!」


「っていうか番長の座を追試の合否で決めるってどうなの」





「……」


ゆっくりと、後藤は河内の方を向く。河内は、



「……ちなみに桶川さんがいなくなったら不良やめようかと思ってる」
抜け抜けとそう言い放った。
「まぁせいぜい頑張れよ、三対一で悪いけどな」
そう言って早坂と、なぜだか抵抗しない樹季を連れていこうとする。
後藤はガッと隣に居た真冬の手を掴んだ。
「じゃっ じゃあっ!俺はこいつを借りるぜ!!!問題ないよな」
「ん?」
全く関係ない風紀部を巻き込むこと、女の手を借りること、後輩の手を借りること。
加えて、どう見ても頭脳派の人間ではないこと、人が増えれば騒ぎが大きくなってしまうこと、そもそもこの発言が河内の挑発に乗ってしまっていること。問題を上げれば片手では足りない。それには突っ込まず、河内は近くの木に背を凭れて、腕組みをしていった。
「じゃあ、風紀部全員参加といこうか。おい眼鏡、お前はどっちに入る?」
「む、俺か?そ……そうだな……俺は……」
自分の意志を尊重されるとは予想外で(基本的に生徒会でも風紀部でも、彼は命令を聞くかノリに流されるかのどちらかだ)多少由井は焦った声を出し、早坂・樹季と、真冬を見比べる。


「……早坂と白木の方が俺の個性を大事にしてくれそうな気がする……」


即決で河内派に下った。それぞれ満足そうな表情や複雑そうな表情をたたえ、河内派四人はその場を去っていく。


「なんか……私だけですいません……」

「いや……」


遠い目をしながら、追試遂行組は言葉を交わす。後藤は『真冬』と話すのは初めてだった。

しかし、無意識に使える人物を嗅ぎ分けたのか、はたまた彼の幸運の為せる技か。
彼が「たまたま」選んだ人物は風紀部中で最も護衛として適役な人物だった。


「じゃ、こっちも作戦たてるか」
「んーと、こう、寮から校舎までのAルートとBルート、どっちかで移動するってことで」
「じゃあそんな感じで」
折角の最高の人選が、頭脳面ですべて相殺されているのは、まあご愛嬌。





*****






早坂は青い顔をして振り返った。


「四対二で、一人女か」


作戦場所は体育館裏で、古い自販機と空き缶入れが置いてあるだけだった。樹季が百円を入れていった。


「この道に罠仕掛けておいて。最短ルートならここ使う確率高いから」

「んで白木はなんでそんなに協力的なんだよ!?」


追及してくる早坂に、樹季は沈黙を持って答えた。それはそうだ。義理で協力をしている早坂とは違い、樹季は完全に脅迫で丸め込まれたのだ。相手を追いつめるが勝ちの勝負なら、樹季と河内では河内に分があった。


「じゃ、罠はこの道に仕掛けるってことで……ここでこっちに誘導して……」


前もって用意していた手書きのメモを見せて説明すると、早坂と由井は二つ返事で頷いて、それぞれの担当場所へ向かった。由井とは面識の無かった河内だったが、作戦を伝えたと同時に見せた俊敏な動きを見て、これは予想以上に使える人材かもしれないと感心したように顎に手をやった。


「じゃあ、俺達は高坂呼びに行くか」

「うん……河内君」



一度頷いて、樹季は河内を呼び止めた。



「すごく今更なんだけど、こういうの、桶川先輩に対する罪悪感とかないの?」

「そりゃああるだろ。何言ってんだ」



堂々と言い放った河内に、樹季は疑いの目を向ける。軽く肩を竦めて、受け流した。




「あのなあ、確かに俺は桶川さんに番張ってて欲しいと思ってるよ。でもそれは何も利己心ばかりからじゃないんだぜ」




樹季の眉の皺が深くなる。河内のまえまでやってくると、樹季は探るような目をした。



「……あのな、よく考えろ。桶川さん以外にこの学校のヤンキー共纏められる奴いるか?」
そう言ってみても樹季はピンと来ないようで、首を傾げる。よく考えれば、樹季は去年の夏まで不良と名の付く人物と関わったことが無かった。流石に番長桶川、その子分の河内と後藤の存在は知っていたようだが、その他の不良の印象は、なんかテスト前に焦ってる人たち、程度の認識だろう。仕方なく河内は、樹季に分かるように言葉を選びながらゆっくり説明する。


「今桶川さんが居なくなったら、ナンバー2、3の俺か後藤が野郎どもを纏める事になる。ここまではわかるか?」

頷く樹季。

「だが、俺はまだ文化祭の一件で失った信頼を回復できてない。後藤はまあ、人柄がアレだからな、そこそこ人は付いてくだろうが性格がトップ向きじゃない。どっちが上に立っても、いずれは野心の強い奴が暴動を起こす。纏めるどころか混乱するだけだ」


小学校・中学校あたりの悪がきの大将とは話が違うのだ。高校生になると自分こそが上に立ちたいと思う不良も出て来る。ある程度力で押し込める強引さも持っていないと、不良のトップは務まらない。誰にでもフレンドリーな後藤は、根本的に高校生のトップには向かないのだ。


「うん、後藤君には悪いけど、そうかもしれない」



「ことによると、河内派、後藤派の連中が勝手に盛り上がって、どちらがトップに相応しいだの戦争ごっこを始めるなんてことになるかもしれない。それでもいいのか。そうでなくても、トップ交代の混乱に乗じて暴れるグループができるなんて可能性もある。――そうなったら、どうする?」



河内の言葉を反芻するように口の中で呟いて、ゆっくり樹季は現状を噛み砕いた。


「……河内派、後藤派の戦争?って、河内君達が止めても起こるの?」

「ああいうのは集団心理だからな。勝手に起こる上に止まらねえ。だからもし桶川さんがいなくなった時は、妥協して俺が不良をやめるんだよ。余計な派閥争いだけは回避させる」

「ああ!」


今日一番の大声で、樹季が手を打つ。


「なるほど……今初めて河内君を尊敬した」

「お前の褒め言葉はほんっとに嫌味だよな」

「今まで河内君、頭脳派の仮面を被ったガキだと思ってたけど、見方を改める」


樹季の言葉を聞いて、河内は顔を顰める。樹季は河内をガキだというが、河内に言わせれば樹季もガキだ。

樹季の気持ちを知っているだけに、下手な意地を張っている子供のようにしか見えない。

折角欲しいものを手元に留めておく方法と、論理的な利が一致しているのに、その方法を取ろうとしない。

一度迷惑を掛けたら嫌われるとでも思っているのだろうか。その辺りの乙女心なるものは河内に理解できないが、理解したところでくだらないと鼻で笑いたくなる気がする。一度の迷惑で嫌われる事と、一度の我慢で欲しいものを一生手放す事。
考えてみればどちらがいいのかすぐ分かる事だろうに。


壊れたものは直せばいい。

嫌われたならそこからやり直せばいい。

なんだろう、樹季を見ていると、数か月前の自分を見ているようで気持ち悪い。

そう思っていると樹季が突然、あ、と声を上げた。


「白木?」

「由井君もしかして本気で罠仕掛けに行ってないかな……」

「本気じゃないと困るだろ」

「そうじゃなくて、仕留める系の。それ流石に先輩が危ない」


仕留める、という言い方に、若干の引っ掛かりを覚えながら河内はいいから、と樹季を止めた。樹季は桶川の事になるとどうも心配性になる。


「おい、白木、桶川さんはそんくらいじゃ怪我もしねえからさっさと高坂の方行けよ」

「でも由井君だからさ。一応どんな仕掛けするか確認しないと」


高校生の仕掛ける罠なんて落とし穴や引っかけ紐くらいが関の山だろうが。

そう思っていた河内が、この後由井の仕掛けた大量の罠を見て、驚きつつも、まー桶川さんなら大丈夫死なない死なない、とゴーサインを出して早坂にドン引きされるのだが、それはまた別の話。
由井の様子を見に行こうとした樹季を引き止めた河内は、この時、いい事を思いついた。


「……なあ白木、お前、桶川さんのこと大好きだよな」

「……」


「照れるな。……じゃあ、ちょっと考えてみろ。もし桶川さんが無事卒業したとする」


河内の話に反応して、樹季が立ち止まる。
由井の方に行くのはやめたようで、ちゃんと河内の方に向きなおった。


「あの人が進学なんて考えてると思うか?……就職も」

「就職は今まだ間に合うんじゃないの?」

「この時期入れるような所はよっぽど人手不足の所だろ。それに本人が就活しないと思う」

「……………………」

「お前らも流石に大学受験や就活の面倒見てやれないだろ」


反論が返ってこない。そりゃそうだ。センター試験もとっくに過ぎ、企業の募集もほとんど来ていない三月手前のこの時期にいきなり就活進学と言われたって困る。一番困るべきは桶川本人である筈なのだが、なぜだかこういう成績に頓着しない人物の将来に気を揉むのは、いつだって本人ではなく周りの者なのだ。


「それだったら今年一緒に勉強して進学なり就職なりに備えさせたほうが、桶川さんのためになると思うんだがな。就活留年なんて、今日日珍しくないだろ」


桶川さんのため、と聞いて、少し樹季の肩が揺れた。理論詰めは駄目。感情に訴えかけても駄目。ならば相手のウィークポイントを突いてやればいいという河内の狙いは見事に成功した。くるりと樹季は向きを変え、生徒会室の方へ歩き出す。


「高坂君呼んでくる」

「早くな」

「それと、河内君と後藤君、寮だよね。ひとつ頼みたいことがあるんだけど」





*****





運命の日 当日。


「どうもおはようございます、桶川さん」


後藤と真冬の挨拶を以て、決戦の火蓋は切って落とされた。










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あとがき。(2013.11.23)

河内のことだから子分たちが心配っていうより、自分がごたごたに巻き込まれるのが嫌で騒ぎが起きるの回避してそう。




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