文芸道2

□彼だけが知っている
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現在朝の五時。さてと、と私はデスクスタンドの明かりを点けてシャーペンを握った。本日の桶川先輩含む補修組のためのまとめ作業である。

国語は問題ない、解説までできる。理科や社会は、解説書があればそれを分かりやすいように覚えやすいように言い換えて理解させることはできる。数学は無理。無理だからせめて公式を覚えるため工夫をしてみる。

カリカリとシャーペンを走らせながら、なんで私受験生でもないのにこんな時期に勉強してんだ、と若干悲しくなった。





*****





ごめん、今日の放課後来れなくなった、と白木が申し訳なさそうに謝ってきた。


「わかった」


そういって、俺は白木に気にするな、と手を振って見せた。ほとんど表情は変わっていないが、こいつはちゃんと申し訳ないと思っているのだ。俺は白木を責めてるように聞こえないように、どうした?と理由を訊ねた。


今回もまた追試組に泣きつかれたらしい。

今度は見返りがないので白木も引き受けたくはなかったそうだ。俺は自分が白木を教師にした勉強会を開いて白木を有名にしてしまった手前、何も言えず曖昧に笑った。


白木も俺の笑顔につられたのかほんの少しだけ目尻を下げてくれる。


……桶川さんも河内も、俺の事を空気読めない空気読めないっていうけど、俺だってそれなりに空気読んで話してるんだからな。こういう時白木のフォローを入れるくらいの頭はある。


「まあ、こうやって昼休み来てくれるだけでもありがたいって!見返りならほら、追試終わった後、俺がまたなんか奢ってやるからさ!」


桶川さんもそれでいいですよね、と確認してみるのだが、返事は返ってこなかった。代わりに、軽い唸り声。


「……昨日、お前がいなくなったあと河内から俺のとこにお前が来てないか、って電話があったんだけどよ……」

「ああ、はあ」

「受話器の向こうから変な呪文みたいなのが聞こえてきたが、なんだありゃ」

「河内君が教室から電話してたんなら、単語とか年表の語呂合わせじゃないですか」

「『水死で自殺』とか聞こえてきたぞ」

「だから、suicide。書ければいいんだから発音じゃなくて見た目の語呂で覚えた方がいいんですよ」




相変わらずの、実践でなくテスト向けの教え方を白木はする。教師はあまりいい顔をしないが、学生にとっては心強い味方だった。


「白木の教え方って、パッと見変な宗教団体みたいなんだよな〜」

覚えやすいし分かりやすいんだけどさ、言うと、白木は有難う、とさらりと流して、プリントを取り出した。


「だからなるだけ昼休みで覚えられるよう、いろいろ語呂合わせの表作ってきたので確認お願いします。先輩が覚えてる間に私は先輩がやってきた問題の確認するんで、見せて下さい」


口調は丁寧だが、有無を言わさない声だった。桶川さんも何も言わず、昨日解いて来たという問題のプリントを渡す。あの桶川さんに指示を出して従わせるなんて、案外白木は教師に向いているかも知れない。
字もきれいだし、表情が堅いのさえ直せば、人気のある教師になれるんじゃないかな。

そんなことをつらつらと考えながら、俺は教科書の目ぼしいところに付箋を貼っていく。勉強に関して、俺ができることといったら、運でヤマ張りすることくらいだ。自分で言っていて悲しくなって来るが、白木もクラスの奴らも、後藤のヤマほど頼りになるものはない、と太鼓判を押してくれたから、役に立ててはいるんだろう。


それにしても、今日は白木の表情が少し明るくなっている気がする。悩み事は解決したんだろうか。そう思いつつ、顔を上げて白木の表情を確認ようとした俺は、目に入ってきた光景に思わず持っていた教科書を落とした。

白木は、プリントを持ったまま寝こけていた。うん、語呂合わせ考えてきたって言ってたもんな。疲れてるんだろう。


「……」

「……」


だが、問題は白木の寝方だ。桶川さんの隣に座っていた白木は、桶川さんの肩、いや身長差があるから正確には腕の当たりに頭を凭れさせて居眠りしているのだ。桶川さんが身動き取れずに固まってしまっている。
プリントを捲れないので勉強どころじゃない。桶川さんかわいそう。起こそう。


「白木〜起きてやって〜」


桶川さんが何か言いたげな目でこっちを見てきたが、俺は構わず声を掛けて白木を起こした。いや、俺もね?できれば寝かせてやりたいと思うよ?だけど今最優先すべきなの桶川さんの追試じゃん?今日だぞ今日。



「……ん?え?っどぅあおうぇ!?



目を覚まし、状況に気付いた白木が、頑張ってもなかなか出ないような声を出し、ズザッと桶川さんから距離を取る。


「……お前が勝手に凭れてきたんだからな」

「ええ存じております申し訳ありませんでした」




ビッシイイイイイッと白木は綺麗に土下座した。




「いいから早くプリント見ろ。んで寝ろ」


微妙に距離を取って、白木はプリントの確認に戻った。どことなく気まずい空気が流れる。





あ、さっきのが『空気読めてない』ってやつか。なるほど。ひとつ勉強になった。





*****





「……ってことがあったんだけどどうしよう」
「よくお前はそれを俺に言う気になれたな」


放課後、本日分のプリントを貰い、職員室から中庭を通って教室へ向かっている時。樹季の唐突な惚気を聞かされた河内は呆れたように眉を顰めた。プリントで両手が塞がっているためなにもできないが、片手でも自由であったなら迷わず鉄拳のひとつでも落としていただろう。


「話された所で俺は協力もしないし相談にも乗らないからな。お前がどうしたかろうが関係ねえ」

「とりあえず近付いた時に先輩のシャツのタグが『タンゴハウス』だったのは確認できたから今度そのメーカーチェックしようと思う」


聞いてもいないのに、言いたい事だけをつらつら言う樹季は、もしかすると想い人の肩を借りたという事でハイになっていたのかも知れない。表情は変わらないがいつもより饒舌だった。


まあ、樹季の場合、多少ハイな方が教え方がうまいことが過去の経験からも分かっているのでそれはいいか、と河内は思った。彼も、樹季を引き込むために急遽用意した勉強会の場で、数学・物理の指導役をやっているので、さくさく勉強会が進んでくれるのは有難かった。


「一応メインは追試組だから、追試が終わる今日で勉強会も終わりにするぞ。俺も疲れた」

「自分で始めたくせに」


取り留めのない会話をしながら、中庭の中腹あたりに差し掛かった時だった。



一陣の風のごとく、ものすごく必死な顔をした男子生徒が目の前を駆け抜けた。
風圧で、プリントが何枚か中庭に飛ぶ。

「……何だ今の」

「綾部?」


通り抜けた男子生徒の姿を確認するや否や、樹季は河内の持つプリントの上に自分の持っていた分のそれを重ねてきた。
そして、河内に文句を言う暇を与えずその男子生徒を追って駆け出していく。


「あ、おい!!」


河内は当然呼び止めようとするが、樹季は聞いちゃいない。上履きのまま庭に出て、たったかと男子生徒の後を追って行ってしまった。


「この……」


追いかけるかどうか躊躇する河内の前を、また風が通り抜ける。ただ今度は、一陣の風、なんてものではなかった。台風の様な風圧が河内を襲う。バッサアアアアアアアアアアと紙吹雪のようにプリントが舞う中、我らが桶川番長が阿修羅の如き形相で中庭を駆け抜けていくのが見えた。


「……」


何があったか知らないが追試妨害は成功しそうだ。河内は一人小さくガッツポーズをした。





*****





あやべんが逃げた。何故か番長がそれを追って行った。よく分からないが追いかけてみるか!と軽いノリで後を追ったはいいものの、途中で見失ってしまった。


どうする?ここは探偵風に足跡とか調べて「……こっちか(キリッ)」みたいなことをすればいいの!?ばっと腰を落として地面を触ってみるけど、足跡らしきものはない。っていうか最近雨降ってないから足跡なんてつかないよね……まず足跡探すのに苦労するよね……


「……お前、確か風紀部の……黒崎?」


考えが浅かったー!っと地面に手を付いていると、近くで声が聞こえた。横を見てみると、しゃがみこんで何かのプリントを拾い集めている、黒髪の人。


「あ、文化祭で、えーと後藤さん?が探してた人」

「河内だ。お前も泣き黒子の男追ってんのか?」


あっち行ったぞ、と河内さんが指差した方向は元第二女子寮、現生徒会用寮の方向。よっしゃ!まだ天は私を見放してなかった!


「ありがとうかばちさん!」

「噛むな!あっバカまたプリントが……」


河内さんに感謝しながら第二女子寮の方向に向かって走り出す。あっちに行ったってことはあやべんは生徒会室に行ったんだろうか。確かあそこって生徒会の人たちの寮も兼ねてるんだよね?まさか自分の部屋に閉じこもる気じゃ!?

そうなってはそれこそ番長の怪力でごり押しするくらいしか打つ手がない。やばい急がないと、とスピードを上げようとしたとき。


「……っはー……」

「白木さん!?」


第二女子寮の手前で、膝に手の平を置いて、肩で息をしている白木さんが居た。ぜえぜえと荒い息をしている。慌てて走るスピードを緩め、白木さんの前で止まった。


「ちょっ!どうしたんですか!?気分が悪いんですか!?保健室行きますか!?」










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あとがき(2013/10/21)

後藤→基本夢主支援。けど安定のKY。

河内→夢主反対派。なのだが話は合うため強制的に話し相手に抜擢される。

ってことで立ち位置が落ち着いた。




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