文芸道2

□過去に立つ
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まだ時間が早かったのでうちに帰るまえに、第一女子寮に向かってみることにした。生徒会室や生徒会役員の自室がある場所。考えてみたら生徒会室が寮の中にあるなんておかしな構造だ。

他の生徒が気軽に入って来ないよう考えてのことなのか、それとも他に理由があるのか。どんな理由があるにせよ、今の私には迷惑でしかない。部室棟から生徒会室に向かうとなると、結構な距離があるのだ、全く。

軽く息が上がるのを押さえつつ、小走りで女子寮の方へ向かっていると、丁度廊下の先に見覚えのある後姿を見つけた。


「……ぐっ」


声を掛けた私を微妙に嫌そうな声を上げて見たのは高坂君。先日河内と一緒に苛めすぎたためか、妙に私は苦手意識を持たれているらしい。

「生徒会室になにかご用ですか?」

第一女子寮の廊下を歩いていたのだからそう予想されるのは当然だ。今回は風紀部に(直接は)関係ない件での用事なので正直に生徒会室へ向かっているわけを話す。

「役員決定の書類ですか……それなら確か、北条君が受け持っていたと思いますが……あ、丁度いいところに」

高坂君が気付いた通り、廊下の先には北条さんと、綾部が居た。しかしどうも割って入れるような空気ではない。どうしようかな、なんて考えているうちに、綾部が北条さんから離れていく。
北条さんは目を吊り上げて綾部の名を呼んだ。そのあとは高坂が声を掛け、私は無事、北条さんと顔を合わせることになった。



*****



風紀部だからと邪険にするわけでもなく、若菜は丁寧に書類訂正の手続きを踏ませてくれた。
「有難う北条さん。あと、悪いね高坂君、時間取らせちゃって」
書類を保管している部屋を出ながら、樹季は二人に声を掛ける。
「……気にしていないので構いませんよ」
「でも、高坂君、生徒会室に用があったんじゃ――」
「只の野暮用です!大丈夫ですからっ」
高坂はスケジュール帳をサッと出して何かを書きつけると、パタパタと広い廊下を駆け抜けた。

一分単位でスケジュールを組んでいる高坂が野暮用で生徒会室に向かう筈がない。現在進行形でスケジュール帳の調整を行っている事から、高坂の言っている事は樹季を早く追い払いたいがための嘘だと分かるのだが、それを樹季は気にすることは無く、高坂のやや後ろに付いて行ってぼそぼそと話し掛けている。ちなみに、樹季が本気で謝ったのは最初だけで、後は嫌がらせのためにくっついているだけである。歪んだ後輩の可愛がり方だ。

高坂が走り出したのでつられて走る樹季の後ろから、若菜も付いていく。二人に用は無いが、なんとなくの流れだ。

「ティータイムって淹れる時間と片付け入れたら30分じゃ足りないよ」

「……慣れてるから足りるんです」

「昼食作る時間入ってないけど」

「この日の昼食は私の当番じゃないんですよ!」

「じゃあ家族の予定が狂うと君の予定も狂うわけだ」

「ぐぅっ……」

高坂のゆとりプランにダメ出しをしてくる樹季。性格上、スケジュールに関する意見を無視できない高坂は、うんうん悩みながら新しく横に予備案を書き込んでいく。
「それ全然ゆとり無いじゃない」
地味な嫌がらせを受ける高坂を憐みの目で見ていた若菜だったが、高坂のゆとりプラン(自称)を見て思わず突っ込みを入れる。
「……まぁ、レジャーに目を向け始めたのは結構いい傾向じゃないの?」
「北条!これは不可抗力でやっているだけだ。すべきことの計画を完璧にするためには休日のプランも管理する必要があると考えてだな……」

――ガタガタッ

「ん?」
突如聞こえてきた、けたたましい音に、廊下を歩いていた三人の視線が一点に集まる。
音の出所は、廊下に設置されているロッカーの中からだった。
なぜあんな所から音が?
疑問符を浮かべる若菜と樹季の横で、高坂が一人、ああ、と口を開いた。
「……そういえば、昔由井の馬鹿が入ったまま出られなくなっていたな……」
それを聞いた瞬間、若菜が動いた。ロッカーを勢いよく開き、由井を引き摺り出そうとする。立てつけが悪くなっているのか、少し引っ掛かりを感じた。古いロッカーなので立てつけが悪くなっているようだ。外からは開けられても身動きの取れない内側からでは開かないのだろう。


「ちょっと由井!!!あんた一体何考えて……っ」

勢いよく開け放たれたロッカーの中から転がり出てきたのは由井ではない。ギターケースを背負った、由井よりも小柄な影だった。


「あ……綾部……?」


受け身も取らずにうつ伏せに倒れたままの綾部を、若菜は呆然とした目で見つめる。

「ちょ、ちょっと綾部!!何やってんの!?」

「どしたの」

「まさかお前も入ったまま……」

倒れた姿を見て流石に心配になったのか、樹季と共に続いて高坂もしゃがみ込んだ。若菜も一拍遅れてしゃがんだ。

「んなアホがもう一人いるのかよ!?どうなってんだ生徒会!」

「道端にパイ投げ器を設置して自爆するアホ入れたら三人だよ、北条さん」

「わざわざその話を掘り返してまで私をアホの仲間に入れないで下さい先輩」

「お前ら勝手に人をアホ呼ばわりすんなや」





……だってロッカーに入って閉じ込められるような奴を他にどう言えと……


綾部を除く三人の心情が一致したところで、綾部がのそりと起き上がる。

樹季と目が合った瞬間、驚いたように軽く目を見張っていたが、すぐにふいと視線を若菜の方へ移動させた。



「集団を潰すんやったら大将一人潰せば……――一番強い奴を潰せばええんやろか」



「……そうね」

「あぁ、特に風紀部は人数が少ないし……一人を完全に潰せば崩れ落ちるかもしれないな」

武闘派の若菜、頭脳派の高坂、両者の肯定を受け、綾部は何かを決意したかのように頷いた。




「ほしたらそれで行くとするわ」

「それで、って……あんたケンカする気なの!?


同じクラスであり、綾部の身体能力を一番把握している若菜が信じられない、といった表情を作る。



「お前は頭脳戦の方がまだマシだろう」

「いっそ料理対決とかにしちゃえばぷっ


高坂に続き、余計な一言を挟んできた樹季の口を、素早く綾部の右手が塞いだ。
一気にストレス値が上がったのか、綾部の口から苦しそうな咳が漏れる。

綾部と樹季の視線が交差する。



――なに余計な事口走っとんねん、このアホ


――だって綾部、料理得意じゃん


――いらん事言うな!大体なんで自分が生徒会のこいつらと……


――こないだ言ったじゃん、関係ないよそういうの


以上、全て視線だけの会話である。



残りの二人には睨みあいをしているようにしか見えなかった。若菜が慌てて綾部から樹季を引き離す。


「ちょっと、いくらなんでもここで騒動は……」


「……」


樹季が離れると、綾部はすっと立ち上がり、三人に背を向けた。




「少なくとも、そいつは大将やないな」




反応が鈍いわ、と吐き捨てるように言って、ふらふらとその場から離れようとする。



「……綾部、生徒会長から何か言われたの?」



その背に、樹季が声を掛けるが、綾部は答えない。ただ、小さな咳だけが廊下に響いた。




「……悪辣な男め」


綾部が去ってしまってから、ぼそりと高坂が呟いた。





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あとがき。(2013.9.13)

兵法本貸そうとしたり、「えっあんたが喧嘩!?」って顔してるコマの高坂&北条さんが、反抗期の弟を心配する兄姉に見えてかわいかった。



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