文芸道2

□昼下がりの攻防
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疲れた体をベンチに預け、二人は互いに小さな声で謝った。







「……没収とか言ってパクられなくてよかった……」

ぱこん、とタッパーを開け、半分までね、と言って樹季は綾部にタッパーを渡す。突き返しにくい雰囲気に、綾部は思わず素直にタッパーを受け取り、適当なおかずを口に運んだ。
「いくらなんでも休みの日に没収はせえへんやろ」
「いやでもあの人、部活のメンバーには傍若無人に輪が掛かっててさ……」


綾部の箸が止まる。


「……そうか、自分、風紀部に入ったんやったな」
すっとタッパーと割り箸を樹季に返し、綾部は再び立ち上がる。
「ごちそうさん。……自分と慣れ合うのはこれが最後や」
「え、なんで」
「自分……俺らの立場分かっとんのか」
胡乱な言い回しを以て、綾部が樹季に尋ねる。
「俺は生徒会で、自分は風紀部やろ。おまけに無理矢理入れられた者同士……そんな奴らが、固まっとったら下手な疑い掛けられるのが関の山や……まあ、それで生徒会をクビになれたら俺は万々歳やけどな」
「でもそんなの一々気にする人達かなあ……」
「ああ。……そっちはともかく、こっちの大将は性悪や」



会話の風向きが、悪くなる。

樹季はふうんとやる気の無い返事を返し、綾部に倣って立ち上がった。
寮とアパートの方向が同じなので、自然と連れ立って歩く形になる。しかし、綾部は腕を伸ばしても触れない距離を保って歩いていた。

「戦争始めるわけでも無し、そんなに神経質になる必要ないと思うけど」

「戦争や」


ぴしゃっと綾部は樹季の言葉を遮る。


「生徒会長と、佐伯先生の戦争やろ。ほいで……俺らはそのコマや」

「うーん」


どうも、綾部と樹季では、生徒会VS風紀部の認識が違うらしい。
綾部の被害意識が強すぎるのか、樹季が気楽過ぎるのか――おそらく、両方原因の一端ではあるだろう。なにせこの二人は、生徒会と風紀部の抗争が、学園の所有権を決めるものだと知らされていないのだ。何だか分からないが上に言われたから戦う、といった今の状況では、綾部が過剰に拒否反応を起こしてしまうのも、樹季がいまいち実感が持てないのも仕方のないことだった。

気楽な方の樹季は、なにをそんなに神経質になることがあるのだと言わんばかりに溜息を吐き、こう言う。


「綾部のそういう敵と味方を両極端にしたがるところ、なんか由井君に似てるよね」

「な……!」


ざくりと樹季の言葉が綾部の頭に刺さる。致命傷だ。

由井とは生徒会の集まりでしか会話した事が無かった綾部だが、だからこそ由井の忍者とか忍者とか忍者の噂を中心に、変人のイメージしか持っていない。
その変人と綾部が似ていると言い放った樹季は、綾部の衝撃に気付かず歩き続けていた。


一歩間違えば完全に敵対する気まずい関係になったであろう話の流れを、一言でかわした樹季は、追い討ちを掛けるかのように余裕を感じさせる表情で更に言葉を続ける。

「生徒会と関係ないところでも、自分の感情に鈍いところとかなんだかんだで世話焼きたがりなところとか、似てるよ」

「…………!」

「私に言わせればアホだけどね二人とも」

「…………!!!!」

怒りやら驚きやら、複雑な感情が混ざり合って声を出せなくなっている綾部に構わず、樹季は話し続ける。
「敵とか味方とか、かっちり決める必要がどこにあるの。考えは人それぞれだから強くは言えないけどね。自分で望んでないのにわざわざ線引きするの、くだらないと思わない?」

基本的にさっぱりとした樹季らしい意見だった。

綾部の心に何も響かなかったわけでは無い。

それでも綾部は頷くのを躊躇った。


「……それでも、俺らは敵同士や」


意地になっているわけではなかった。ただ、会長に握られている、発作の秘密を暴露されるのが、恐い。
綾部は引かず、頑なな否定で樹季の意見を潰した。


「戦争とまではいかんでも……互いに上の不信を煽るわけにはいかんやろ」
「頑固だね、もう……立場とか抜きにして綾部自身はどう思ってるのさ?」
「……」
「綾部が本気で嫌がるなら私は何も言わない。それこそ綾部の望む通りに距離を置くけど。だけど何度でも言うよ、それは綾部の本意じゃないでしょう。綾部のはただの意地だよ




綾部は樹季が風紀部に勧誘された時の姿を考えた。かつての自分と同じで脅されるか、佐伯の勢いに呑まれるかして入部してしまったのだろう。生徒会との対立などまったく心配していなかったに違いない。とても人ごととは思えなかった。

かくいう綾部も、風紀部潰し等の話を聞かされた当初は現実味が持てず、何度も生徒会長に話を確認したことがあった。
樹季も同じだろう。まだ、生徒会と風紀部の対立について心から理解していないのだ。



――そんな綾部の考えは半分当たり、半分外れていた。



確かに、樹季はまだ、両者の対立を現実的なものとして捕え切れていない節がある。先ほど述べた通り、対立の全貌を知らないが故に、危機感を持てないのだ。


「気持ちは分からないでもないけど」
生徒会との対立を心配していなかったわけではない。


「私も生徒会側だったときは悩んだから」
なぜなら樹季は、風紀部に入る前に、文化祭での件で一通りの葛藤は経験していたからだ。



「……は?」

「文化祭の時、私高坂君と組んでたんだけど」


生徒会の方で連絡いってたと思ってた、と樹季は言ってのけるが、寝耳に水どころか熱湯だ。綾部はぱくぱくと口を開け閉めしていた。
しかしその横で、樹季はいつも無愛想な顔をほんの少し緩めていた。視線は微妙に斜め上、口は喜びなのか照れなのか分からない笑みの形。手は袋を持ったままもじもじと指を絡ませている。
半年以上綾部と一緒に居て初めて見せる顔だ。無表情と無愛想のステッカーが貼られたような女が、照れ笑いを浮かべ自分を見る。といっても樹季が綾部に対する特別な感情を持っているわけではない。そんな表情をさせる出来事を思い出しただけの話だ。



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