文芸道2

□昼下がりの攻防
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ガシャアアアアアアアン




真冬が舞苑を叱り飛ばすのと同時に、何かがひっくり返る音が部屋に響く。


「ああああお吸い物がー!」

「うわああごめん大久保ごめん!ちょっと誰かタオルかティッシュ!」




山下の持っていたお吸い物が大久保に掛かり、大惨事になっている。
元々面倒見がいい性分の真冬は、そちらの方に気を取られて樹季と舞苑から離れ、タオルを掴んで移動してしまった。
残された樹季は、まだ手を出している舞苑を半眼で睨む。
「コスプレ見たって、面白くないでしょ」
「だって俺いつも君に写真送ってるのに」
モザイク必須のとんでもない画像をな。
樹季はよっぽど文句を言いたくなったが、このまま嫌がり続けても舞苑はしつこくくっついてくるだろう。いっそのことぱっと写真を見せて適当にあしらってしまった方がいいと携帯を取り出した。

確か、クラスの知り合いが送ってきた画像が一枚あったはずだ。

そんなことを思い出しながら、携帯を開いたところで樹季の思考はフリーズした。




――お、




――桶川先輩の画像、待ち受けにしたままだった!




「……」

携帯に手を伸ばしてこようとした舞苑に、制止の様に掌を出す。
「今見たことは即刻忘れてください口に出さないでください出来心だったんです」
話しながらカコカコと携帯を操作して待ち受けを変える樹季に、舞苑はからかいの言葉は掛けなかった。
ただ、伸ばした手をそのまま樹季に近付け、右頬をむにっと抓む。


「そんな顔もできるんだ」


そう言ったきり舞苑は、しばらく何かを言いたそうに頬を抓んだまま、樹季の目を見ていたが、二人の状況に気付いた真冬が舞苑の名を呼んだのを切欠に視線を逸らす。また樹季に視線を戻した時には、何かを言いたそうな雰囲気は消えていた。
ふにふにと軽く頬を引っ張り、最後に赤くなった頬を擦るように親指の腹で撫で、手を離す。


「そんな顔って、どんな顔です?」
ようやく解放された樹季が投げた問いに、舞苑は答えない。
ただ、その写真の人物に会ったことがあるという事だけを告げ、おせちを囲む面々の方へ歩いていった。

「え、ちょっと、どこで会ったの?いつ?」

「……殴ってくれないと教えない」

そう言えば、舞苑は女性に対してはマゾ属性を隠して、爽やかな好青年を演じている様である。女性に対して気を使う性格ではないものの、誰にでも自分をひけらかしているのではないようだ。ということは、舞苑誘人は多少、樹季を他の女性と違うものとして位置付けている、ということだろうか。
「――……蹴るでもいいよ、樹季さん」
「却下!」
しかし、真冬と自分以外の女性と一緒に居る舞苑の姿を見たことがないので、樹季は舞苑の態度の違いに気付かない。
気付いたところで、困るタイプの特別扱いなので、反応のしようがないが。


「……でも、君の所の表番長が休日になにをしてたか、知りたくない?」

「む」

「やっぱり悩むんだ」


難しい顔をして黙り込んだ樹季に、舞苑は彼にしては珍しく、意地悪そうな表情で笑う。
そして、答えを出しかねている樹季を放置し、おせちを食べるべく箸を取った。
そこでようやく、咳が落ち着いた寒川が隣に座った舞苑に話し掛けた。


「さっきから気になってたけど舞苑先輩、いつ姉ちゃんと知り合ったんですか」


だし巻をつまみつつ、舞苑は間を置かずに答える。


「夏休みの時、一緒に寝たんだよ」

「「「「「「「!!!」」」」」」」

ためらいもなく飛び出してきた衝撃発言。
興味から、驚愕へ。それは静かだった水面に、いきなり石が投げ込まれた時のように、ざわりと広がった。



「なっ」


「今、……何て!?」


「先輩、どういう……」





ザワザワと驚きの声が上がり、それがまるで席についた舞苑に集まるかのように大きな喧騒になっている。
彼はその他大勢のどよめきなど気にする風もなく、第二撃を放った。


「大久保と山下も一緒だった」


喧騒が大きくなった。
言葉に間違いはないが、色々誤解を招きそうな言い方に、名前を出された大久保と山下が慌てて弁解をする。当事者の樹季もそれは例外ではなく、何やら焦った様子の後輩と幼馴染に夏休みの一部始終を説明していた。
舞苑は別になんでもないことのように、一人おせちをもそもそと食べ始める。


そしてぽつりと、こう言った。




「まあ、その程度の知り合いなんだけどさ」






……。






「……やっぱり釈然としない」



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