文芸道2

□どうした妹よ
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「気に入らないねえ」
「気に入らないなあ」
境内に連なる列のなか、じりじりと前に進みながら、樹季と兄は呟いた。寒川兄妹は小さい頃の馴染みだというのに、一人は番長として、もう一人は彼女(候補)として東校生に横取りされた気がする。
「まあ、私達にどうこう言う権利はないけどね」
「受け入れよう、受け入れるしかねえ。煩悩払ってすっきりさせるぞ」
あと少しで、樹季たちが境内に立つ番だ。
「そういやお前、何願うの?」
樹季は答える前に、順番が回ってきた。賽銭を入れ、鈴を鳴らす。
「……よろしくお願いします」
「口に出すなよ、叶わなくなるぞ」
「願い事は口に出してない」
「そうか。ほら邪魔になるから退こう」
「はい」
短いやりとりを交わしながら、兄妹は境内から降りた。
数歩離れて、兄の方が妹に聞く。
「で、何願ったんだ?やっぱり恋愛関係?」
「恋愛……」
に、なるのかな、と樹季は小さく呟く。
「一年上の先輩が、今年卒業するから」
「ああ……覚えててくれますようにって?」
「……少しでも長く一緒に、いられますようにって」
「ソレ叶ったらそいつ留年じゃん」
冗談めかして兄は笑うが、樹季はそれに答えない。
無言な中でも、兄妹同士通じるものがあったのか、兄は笑うのをやめて少しだけ真剣な表情を作った。
「……おい。まさかマジで留年候補なの?」
「成績で難はあるらしいけど……勉強会の手伝いはちゃんとする。それに」
今口に出したから、もう叶わないよ。
そう続けた樹季に、兄は渋面を作った。
「じゃあ、なんで願ったんだよ」
「そりゃあ叶ったら私が嬉しいけどね、私の勝手で先輩の人生を滅茶苦茶にできるほど身勝手な性格になれないから」
その思いの表れが、願い事をしつつその願を切るという矛盾した行為だ。
なんのことはない、ただ欲しくてたまらない、しかし触れたら壊れてしまうものに手を伸ばす自分の右手を、自制しろと自分の左手で払い落とすようなものだ。
樹季の葛藤に気付いたのか、単に話に飽きたのか、兄はふうんと頷いて、それ以上は突っ込んで聞かなかった。
のろのろ歩みを進める樹季と兄は他の参拝客に混じり、家に帰ろうとする。その時、樹季の携帯がポケットの中で震えた。発信者は、後藤。


『あけましておめでとー』

何気に今年初の挨拶だ。
おめでとう、と返し、樹季は後藤に要件を尋ねる。隣に居る兄は、礼儀として樹季から少し離れた。
『あのさ、白木、おみくじに書いてある俳句?みたいなやつ、あれ現代語訳できる?』
「和歌ね。なんて書いてあるの」
『今画像送るからメールで教えて!』
「え、口で言えば……」
『いいからいいから』
一方的に通話が切られる。切れた携帯を見つめている樹季に、どうした?と兄が声を掛けて来た。樹季は言葉を返そうと口を開いたが、その必要は無かった。間を置かずに後藤からのメールが届いたのだ。
添付されていた画像を開く。


「!!!!!!」


「どうした?」

兄の声はもう樹季には届いていなかった。
物凄い勢いで携帯を閉じ、大きく深呼吸する。かと思えば、もう一度携帯を開き、ふるふると体を震わせた。

後藤が送ってきた画像。

それにはおみくじをこちらに向けている桶川の姿が映っていた。

ぼうっとした様子の樹季に驚いた兄は、どうしたのかと身を反らす。立ち止まると砂利の音が止んだ。
「どうしたんだよ。やな画像?」
「ううん、あんまり衝撃的で爆発しそうになったの」
「お前の中でなにが起こったんだ」
樹季は聞いちゃいない。素早く画像を保存し鍵を掛け、ぐるんっと境内の方に向きなおった。
そして、ぱあんっと手を合わせる。


「神様仏様後藤様、有難うございましたあああああああぁぁぁぁぁあああああ!!」


「ええええええ何お前そのテンション!?」


「今!私は!初めて!神様というものを信じる気になった!これで今年一年乗り越えられる気がする!」

「分かった、分かったから声落とそう!な!いい子だから!」


がっと妹の口を押さえ、ずるずると鳥居の方へ引き摺って行く兄。
ほんとこいつ学校で何があったんだよ、と心の中で一人ごちていた。





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あとがき。(2013.7.13)

単行本4コマシリーズの港ちゃんかわいい。
ところで大凶って実在するんでしょうか。
一度お目にかかりたいですね。


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