文芸道2

□どうした妹よ
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「樹季、」


名前を呼ばれ、私は顔をあげる。
こたつの向かいからこちらを見下ろしている兄、彼の黒い瞳がLEDとテレビの明るい光を孕んで輝いていた。

「久々に会ったんだから、なんか面白い話ないのか?」

こたつの中で、足で足をつつかれる。他県の大学に通っている兄は、私より三日遅れて実家に帰ってきた。結果、久し振りだというのに大晦日の忙しい日に顔を合わせることになって、夜遅くなった今まで碌に話ができなかったのだ。
面白い話、といってもすぐに思い浮かばなかったので、とりあえずタイムリーに正月の雑学について語ってみた。頭を抱えられた。

「……うん、すっげー面白いしためになるんだけど、俺が求めてたのはそういうアレじゃない」

学校の事だよ学校の、と言って兄はびしりと私を指差した。
うちの無関心家族が学校の事を聞くなんて珍しい、と私はみかんをぱくりと口に入れる。


「樹季お前、好きな奴ができただろ!」


みかんむせた。



「美大生の観察眼舐めるなよ。いつにも増して増えた溜息に気付かいでか」


否定できるものなら否定してしまいたかった。



はあ。




いつのまにか、台所にあったはずの両親の気配が消えていた。
勿論、兄妹の会話に遠慮してというわけでは無い。
だからといって、夜遅くなったから寝落ちしてしまったというわけでも無い。
単にさっさと自分たちだけで初詣に出掛けたんだろう。そういう家族だ。



どういう家族かというと、

「その様子だと振られたか?振られたな?話してみろ、映研のネタにするから」

こんな家族だ。

悪い意味で全く遠慮や気遣いが無い。

あとまだ振られてねえよ。まだ。

まだこたつの中で器用に足をつついてくる兄を無視して、私は側にあったコートを引き寄せた。そのままこたつから足を抜く。
「初詣?」
私はつい先程まで私が入っていて皺が寄ったままになっているこたつに、兄のコートを投げ置いた。
「……ちょーい」
当然のことながら、兄は非難の眼で私を見上げる。
まだ朝日の出には早いけれど、年越しの眠気覚ましにはいいだろう。
「お前なあ、俺はもうこたつで寝る準備が万端で……」


じゃあ寝てろ。

部屋の電気を消して、こたつのコンセントを抜いてから私は玄関に向かう。

靴を履いたところで、兄が文句を言いながらこたつから這い出る音が聞こえた。





*****





あ、しまった、黒豆買ってくるの忘れてた。


真冬さんのため、おせちを作っている最中、そのことを思いだした俺は、慌てて近くのコンビニに黒豆を買いに行った。他の材料は揃っているのだから、黒豆抜きで仕上げてしまえと言われるかも知れないけれど、折角作るんだからちゃんと伝統に拘りたい。

それに頑張って作ったら真冬さんも喜んでくれるし、と思いながらコンビニで黒豆を買い、駆け足で家に帰ろうとした時。




「山下君?」

「……あ、えーと、樹季さん!」


向かいから歩いてくる人影の名前に一瞬詰まってしまったのは、正直に言おう、その人の顔を忘れていたからだ。なにせ、夏休みの時に一度、舞苑が失礼をした時に怒られて以来、まともに向き合ったことがないのでまぁ仕方無い。
「初詣、じゃなさそうですね」
「違いますよー。これです、おせちの黒豆が無くって」
「今おせち作ってるんですか?」
「あはは、今日作るように頼まれたんです」
大変ですね、と樹季さんは頷きながら言ってくれた。
俺としては好きでやっていることだから、あまり大変という気はしていないんだけど、気遣いの意味を含んでの言葉だろうから、素直に受け取っておくことにした。
とりあえず儀礼的に、来年もよろしく、なんて言い合っていると、樹季さんの隣に居た男の人が口を開いた。

「樹季、知り合いか?」

「…………うん」



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