文芸道2
□気障ったらしい言葉など粉々にして
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スケッチブックを返しながら何気なく言った言葉に、樹季は困ったような、悲しんだような顔で笑った。友達が少ないから仕方ない、と言った声はいつも通り動揺の色は無かったが、眉根が下がっている所を見ると、やはり少し気にしているのだろう。
「私って無表情だから、恐いらしくて」
「無表情?」
「無表情でしょう」
そう言われても、桶川に対する樹季は、いつも笑うか困るかしていて、桶川自身は樹季に無愛想という印象を持っていなかったため頷くことができなかった。いやまあ、頷いたら頷いたで失礼だが。
「割とバカ笑いしてるぞお前」
「先輩が笑かすからじゃないですか」
正直な感想を伝えれば、すかさず反論が返ってくる。
自分が笑わせるから、ということは、普段の樹季は本当に無表情なんだろうか、と桶川は今までの樹季を思い出してみる。確かに、後藤や子分と話している時は多少きつい口調だった気もするが、それは同学年ということもあっての遠慮の無さだと思っていた。
「どっちにしろ人物画は描かないでしょうね、頼み事は苦手です」
樹季は今度こそ、感情の起伏の無い声でそう言った。その瞬間、腕からスケッチブックが滑り落ちたが、そんなことおかまいなしに声を出さず、唇だけを動かした。
何かを、言いたがっている。
音にならない息だけを吐いて、桶川に視線を向ける樹季は、確かに何かを言おうと口を動かしているのに、結局それを音にすることなく口を閉じてしまう。
「……おい、ちゃんと言え。気になるだろうが」
眉を顰めてそう言えば、樹季は今まで見たことのない、穏やかな笑みを浮かべて首を振った。
「我慢します」
「我慢たってお前な……あー、くそ」
人の相談に乗るなど、今までしてきたことがないため、桶川はいよいよ困って頭を掻いた。
「言いてえことがあるならはっきり言え!」
困った末に出た言葉がこれだった。
一瞬、怯えられるかとひやりとした考えが頭を過ぎった。
「あー……お気持ちは有難いんですが、……不満とかじゃないので、大丈夫ですよ」
「……」
杞憂だった。今更、一度二度怒鳴られた位では動揺しないようだ。……おそらく樹季も、桶川が怒っている訳ではないことは分かっているのだろう。
なんだか一人で気を張っていることが馬鹿らしくなって、桶川は脱力する。その様子を見ていたのか、樹季がくすりと笑うのが聞こえた。
「ただ、ひとつお願いしていいですか?」
「なんだ」
「いつかまた、美味しいプリンを買ってきたら、一緒に食べましょう」
「……なんだそりゃ」
お願いというにはあまり意味の無いようなそれを聞いて、桶川は訳が分からず首を傾げるが、樹季はただ目を細めるだけだ。
「私にはそれで充分ですから」
風に吹かれて、風景画ばかりのスケッチブックのページが音を立てて捲れていった。
頼み事は苦手だという彼女の、精一杯の我儘がこれなら、あまり突っ込み過ぎるのも酷だろう。桶川がそう考えたのかは彼の表情からは分からない。だが、樹季が約束、と桶川に向けた小指に、ただ黙って指を絡ませた。
嬉しそうに、嬉しそうに樹季は笑う。
守りたいなどと気障ったらしい言葉を吐く気にはなれないが、この笑顔が自分だけに向けられているのだとしたら。
それはとても、嬉しい事だなとぼんやりと思った。
その時は、意外と早く来た。
微かだけれど、僅かだけれど、何かが動く瞬間が、来た。
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あとがき。(2013.5.18)
勉強会第二弾入れようかなーと思ったんですが、さくさく進展させたかったので番長視点。
もう じれったいねこいつら。