文芸道2

□気障ったらしい言葉など粉々にして
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その時は意外と早く来た。




文化祭の一件を過ぎてから、不良共も一般生徒も大人しい、と桶川は多少長いため息をついた。

喧嘩の声も、教師の怒鳴り声も聞こえない緑ヶ丘の中はどことなく平坦で、今まで忙しかった所為もあってか桶川には多少落ち着かない雰囲気になっていた。

だからだろうか、飲み物を買ってもすぐに寮に戻る気にはならず、しばらく校内を歩き回る。暇だ、なんて言葉が頭に浮かびそうになった時、人影を見つけた。

体育館前の階段で、膝に顔を埋めてじっとしている女子生徒。見慣れた影は、微動だにせずじっと階段に蹲っている。気分でも悪いのかと柄にもなく心配して、階段下から様子を伺う桶川だったが、位置の関係でスカートの裾に視線が行ってしまい、慌てて視線を横にずらす。
数秒、謎の罪悪感に頭を支配され、横を向いていた桶川だったが、しばらくしてもう一度息を吐くと、意を決したように階段に足を掛けた。


「なにやってんだ」


階段を登りながら声を掛けると、勢いよく女子生徒、樹季が顔を上げる。


膝に押し付けていたせいで額が少し赤くなっているが、顔色は悪くない。気分が悪かったわけでは無いらしいと、桶川は少し肩の力を抜いた。


美術か、と問いかけながらスケッチブックを取り横に座ると、樹季は嫌がる様子を見せずに桶川に視線を向けてきており、なぜだかそれがくすぐったく感じた。


普通に考えれば、『知り合い』から『同士』に移り変わる時の照れくささのように思える。けれども、桶川は、その考えを大いに疑ってかかるべきことだと思っていた。

なぜなら、樹季は不良ではない。喧嘩も抗争もできない、ただの一般人だ。

文化祭や監査での暴れ方を見る限り、攻撃性が無いわけではないだろうが、それでもまだまだ桶川に言わせれば危なっかしい。



守ってやらねば、と思ってしまううちは同士には程遠いだろう。





――……守る?





こいつを守ってやりたいと思ってるのか、自分は。


今まで生きてきて、守りたいと思って何かをすることが無かったため、いまいちピンとこないが、珍しくできた友人を大切にしたいと思っているなら辻褄は合う。




しばらくの間、自分の考えをぼんやり考察しながら手遊び程度に持ったスケッチブックを捲り続け(芸術など分からないので本当に『見てるだけ』だ)、話し掛けてくる樹季に適当に返事をしていた桶川だったが、樹季が桶川の手の中にあるスケッチブックをじっと覗き込んでいるのが目に入った途端、激しい焦りと照れくささでスケッチブックを閉じてしまった。


「物書きは人より観察眼が優れてるんですよ」

「どうだかな。……風景画ばっかりじゃねえか」



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