文芸道2

□Heart Beats
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焦る早坂君を見て、河内は鼻で笑った。


「箇条書きですら活動概要が書けないってことは、部活が存在する意義を言えないってことだろ。話にならねえ」


口で河内に勝てるはずもなく、早坂君は早々に黙り込んでしまった。



止めた方がいいんだろうかと桶川先輩を見るが、桶川先輩はどことなく面白そうに早坂君と河内のやりとりを眺めているだけだった。


……桶川先輩って自分に害がなければ基本的に野次馬タイプだよなあ……


早坂君は特に、反応が面白いから眺めていたくなるんだよな。分かる分かる。


「そこの三人!見てないでなんか言えよ!白木とか一応風紀部だろ!」



私はもはや止める気力もなくなり(おそらくは河内も半分はからかっているのだろうと判断した)、失笑しながら河内の好きにさせることにした。


「つれないこと言うなよ、なんなら俺が書類作成を手伝ってやらないこともないぜ?」





*****





書類を完全に書き上げた所で、早坂は二人に礼を言って自分の教室に向かった。



後輩はここから先は自分でやるつもりなのだろうし、自分たちもこれ以上手伝う気は無い。
河内と樹季は少し疲れたような表情で、自分たちが使っていた机から立ち上がった。

心の中に、同時に一つの思いを抱きながら。

――……風紀部、ほんっとに書類に書けるような仕事してねえ……!


主に今までは、喧嘩で勝って相手を黙らせる、という方法で活動してきたらしいが、そんなことをバカ正直に書類に書けるはずもない。嘘偽りなく、それでいて監査に通るような表現で風紀部の活動内容を文章にするのは流石の河内や樹季でも骨が折れた。


「……手伝ってくれて有難う」


風紀部だけでは今日中に書類提出できなかったかもしれない、と樹季が言うと、河内は大して気に掛けた風もなく、別に、と短く答えを返した。

一拍置いて、言葉を続ける。

「……白木、近い内にお前は後藤にまた勉強会を頼まれる」

「ああ、っていうか――もう頼まれたから今の内に予習を済ませておこうと思ってる」


その言葉に、河内の視線が固まり――次の瞬間、続きを促すように樹季へと視線が向けられる。

そして、その視線に気付いた樹季は――特に躊躇うこともなく、河内に言葉を返した。


「なにか問題あった?」

「……お前の性格だ、了承したんだろうな」

「……?うん」


河内の口調は重々しく、どうも緊張しているように思える。対して、樹季の方は、河内が何を考えているのか分からず、曖昧なものになっていた。それに気付いたのか、河内は少し考え、再度、樹季に確認するように問いかけた。


「後藤に、桶川さんの、勉強を手伝うように、頼まれなかったか?」

「えっ」

「ああ、桶川さんのこと、聞いてないのか」


納得した表情になった河内は、桶川の成績状況と出席状況を伝える。おそらく、後藤が手伝って欲しいのは桶川の追試の勉強だろうと、河内は自分の見解を樹季に話した。


「先輩の勉強かあ……」

「お前な、追試通ったら桶川さん居なくなるんだぞ。分かってんのか」


困ったような口調で、それでもどこか嬉しそうに呟く樹季に、河内はポケットに手を突っ込んで、冷たく言い放つ。

そして、前から知っていた『情報』に基づいた言葉を樹季に投げる。


「――お前だって、惚れた相手に居なくなられたら困るだろうが」


しかし、その言葉は、樹季にとっては衝撃的すぎる一言だった。

人に気付かれていたという以前に、自覚したのはつい最近のことなのだ。動揺のあまり、足に力を入れそこなって廊下にへたりこむ。


河内が振り向く。




「なにやってん……」





ゆっくりと、

ゆっくりと、


赤く樹季の顔が染まっていった。





*****





一瞬の沈黙の後、特別教室棟の廊下が樹季の絶叫に包まれたのと同じ頃――文芸部部室の前で河内を待ちながら、後藤がん?と顔を上げる。


「今、白木の声聞こえませんでした?」

「今か?」


一緒に待っていた、というより、特にやることもないから(今は)静かな文芸部の前から動く気にならなかったらしい桶川は気だるそうに廊下の先に目をやった。

部室棟と特別教室棟は一階と三階が渡り廊下で繋がっているため、声が聞こえても不思議ではないが、まだ二人が帰ってくる様子は無かった。


「なんか叫び声みたいな……また喧嘩してんのかな」



首を捻りながら、独り言のように続けた。



「それとも、今度こそ河内がなんかしたかなあ」



そう言ってから、後藤はすぐさま後悔した。

桶川が疑わしそうな目で後藤を見る。


以前から河内が呟く樹季への不満を聞いていた後藤としては、河内がとうとう不満を抑えきれず、なにかやらかしたかと思っての言葉だったのだが、それをいきなり聞かされた桶川は当然訝しがる。後藤は冷や汗の浮かぶ顔にごまかし笑いを貼り付けて、慎重に言葉を選び、桶川に説明した。


「河内は不良と一般人の、それも女子が仲良くするのを嫌がるタイプでしょ。だから白木に突っかかれずにいられないみたいで」

「ああ……」


そういえば文化祭の時も別行動をしていたようだった、と桶川は数日前の事を思い出しながら頷く。


「一度話せば気の合うタイプだと思うんですけどねー」


後藤がそう呟いた途端、ばたばたばた、という足音がして、渡り廊下の方から河内が姿を現した。何かから逃げるように駆け足で後藤たちの方に近付いてきたが、顔は笑顔だ。


「あ、かわ……」

「河内いいいいいいいいいいいいいいいい!!」


呼びかけようとした後藤の声は、渡り廊下から聞こえてきた高い声に掻き消される。それを聞いて、河内の笑顔が深くなった。

そして――なにか問いかけようとしていた後藤と桶川の表情が、呆けたように固まった。渡り廊下を走って来た勢いをそのままに、曲がり角を曲がりきれなかったらしい樹季がバアン、と正面の壁に激突した。

それを確認した河内は、桶川に向かって口を開く。ぶつかったといっても精々青痣ができる程度だろうと判断したからだ。


「桶川さん聞いてくださいよ、あいつね――」

「うわああああああああああああああ!!」


河内の言葉を阻止するように、樹季が河内の背中にタックルをする。

文化部がなんのその、運動部も顔負けのダメージからの立ち直りの早さだった。

普段無表情の樹季が顔を真っ赤にして叫んでいる光景に、樹季の素を知っている後藤や桶川も呆気にとられる。

更に言えば、河内のほうも、これまでに見せたことのない楽しそうな表情で樹季を見ている。

それもそのはず、樹季の気持ちが、樹季にとって『隠しておきたい事』だったと気付いたのだ。

嫌いな人間の弱みを握った河内は正に水を得た魚。ようやく樹季に一泡吹かせられる、と、ここ最近で一番輝いた笑顔を浮かべていた。


「後藤も聞けよ、こいつな、実は――」

「わあああああああああああ言わないでよばかああああああああああああああ!!」


河内の背で籠って聞こえにくくなってはいるが、それでも大きな声を上げて樹季が必死に河内の言葉を遮る。それほど焦らずとも、河内は本気で樹季の気持ちをばらしてやるつもりはない。その証拠に、河内はわざと言葉を切って、続きを言わないようにしている。

それでもパニックになっている樹季にはそこまで気付く余裕が無い。樹季は背伸びをして、河内の後ろから河内の口を両手で塞いだ。



涙は辛うじて零していないものの、走りながら叫んでいたせいか、樹季の表情は半泣きの子供のように見える。


「白木、大丈夫?」


後藤に声を掛けられて少し落ち着いたのか、樹季は頷きながらそろそろと河内から離れた。

警戒するように顔を見つめる樹季に、河内はにやにやと無言の笑みで返す。





「……」



一連の様子を黙って見ていた桶川だったが、どこからか湧き上がってくるむかむかとした感情に、眉根に皺を寄せた。


樹季と河内が仲良くするのは別にいい。

後藤の言葉を借りるなら、『みんな仲良しでもいいと思う』だ。


問題ないはず、だ。


だが、頭で考えている事と渦巻く感情が一致せず、吐き出せないままの苛つきがじんわりと腹に落ちて行った。







まだ、彼の感情に名前はつかない。





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あとがき。(2013.5.9)

番長追試話の伏線なので河内がめっちゃ優遇されてる。



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