文芸道2

□協力しました
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そう長いとも言えない人生上、そう多くは不良と接したことのない樹季だったが、それでも確信を持って言える――ここまで盛大に突っかかってくる人物はこの世にこの人しかいないと。

樹季の言うこの人とは、当然今現在目の前に居る緑ヶ丘不良群頭脳担当河内智広。その河内は校舎横の自転車置き場にて仁王立ちになり、一言も話さないまま樹季の事を睨み降ろしている。
ちょっと退いてくれない、といくらその不機嫌そうな顔に言っても、引いてくれる気はないようだ。

幸か不幸か、未だ樹季は動揺が冷めやらないまま学校に来ていたので、頭を冷やすには丁度いい、と呑気に考えた。

「校舎に入りたいんだけど」

「これから桶川さんがここ通るから、その後にな」

河内の言葉から察するに、河内は下剋上に失敗して、桶川の傘下に戻ったらしい。


昨日送って貰った時に桶川が無事だったことから、下剋上は失敗していると予想していた樹季だったが、河内が平然と桶川の下に戻っているのには少し驚いた。


「わかったら、桶川さんの目に付かないとこに行ってろ」

「なんで」

「……取引の件があっただろ――」


その瞬間、河内が物凄い勢いで樹季から視線を逸らした。
徹夜明けの痛む頭を傾けている樹季は、それが自分が制服のシャツを捲り上げている仕業だと知っているから特に驚くこともなく、驚く代わりに、役目は終わった、と言わんばかりの調子でゆるゆるとシャツを整えた。


「取引の内容は、『身の安全の保障をする代わり、不良に二度と関わらない』」


樹季が見せていたのは昨日、黄山の不良から殴られたせいでくっきりと紫色に色付いた痣だった。いきなり腹を見せられ、思わず顔を逸らしていた河内だったが、樹季の言葉で大体の事は察したらしい。
樹季に視線を戻し、苦々しい顔を作った。


「……」

「身の安全、守れなかったね」


言外に取引は反故だ、という樹季を河内はじろりと睨み付ける。


「そもそもお前がちょろちょろ動き回るから、」


食って掛かる河内に、樹季は肩を竦めることで答えを返す。
元々樹季は取引に応じるつもりなど欠片もなかったのだ。わざわざ小言を聞く気もない。

樹季が河内の文句をいなしていると、近くで聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「河内、白木、おはよー」


この場で空気を読まずに話しかけてくる人物を、河内も樹季も一人しか知らない。

自転車置き場に向かって桶川、そしてその後に続くようにして後藤が近付いてきていた。

河内に続いて声の方を向いた樹季だったが、次の瞬間、思ってもいなかった事が起きてしまい目が点になる。



「おはようございます桶川さん!色々ありましたが、今日もよろしくお願いします」

「!?」


輝かんばかりの笑顔を浮かべながら言ってのけられた河内の言葉。そして次の瞬間、ヒュッという軽やかな風切り音がごく近くで聞こえたと思ったら、ばきいと吹っ飛んだ河内の姿に樹季はほんの少しだけ表情を歪めた。だが次には何でもない風でただ瞳をパチパチ瞬かせて河内が起き上がったから、手加減はされたのだろう、一応。


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