文芸道2

□リトル・スタート
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なぜだか顧問の名前を出して夏男はぐっと拳を固める。

風紀部であった、樹季を疑う佐伯の発言を知らない樹季は、何の事だろうと首を傾げたが、ただの褒め言葉として受け取っておくことにした。



「……それじゃ、そろそろ」


帰ります、と言って樹季はそそくさと正門へ向かおうとした。さっきから、桶川がいるため何も言っては来ないが、クラスメイトたちの視線が痛いのだ。


「帰んのか」

「はい」

「そうか。じゃあな」


「えっ!?」


樹季と桶川のやり取りを聞いて、声を上げたのは夏男だった。


「じゃあなじゃないでしょ桶川さん!送らないと!!」


満足にとは言えないが、体の自由が利くようになった夏男は、桶川の腕から抜け出し、ふらふらと樹季の方へ歩いていった。


「送ります」

「え、いいよ前も言ったけど、森出てすぐだから」

「その森の道程が長いじゃないですか!」


黄山の残党が居たらどうするんです!という夏男の言葉に、桶川がぴくりと反応した。


「夏男ー、やめとけよお前もふらふらなんだからさー」


後藤がそう言うと、夏男は凄い勢いで振り返る。


「だからって一人で帰らせられるか!」

「でも今のお前じゃ行ったってなにもできないじゃん」

「じゃあどうすんだよ」

「桶川さん」


俺降ろして大丈夫なんで行ってきていいですよ。ふいに話題を振り、桶川の肩から降りようとする後藤が、ため息交じりにそんな事を言ったからか、桶川はぱっと腕から力を抜いた。運のいい後藤は悲鳴を上げながらもしっかり転がって受け身を取った。

ぽりぽりと頬を掻きながら、樹季は桶川が近付いて来るのを待つ。本当は一人で歩いて心を落ち付けたかったのだが、無理に断れば、今度こそ間違いなく気まずい雰囲気になってしまうだろうと思ったから、樹季は夏男を押し退けて隣に立つ桶川になにも言わなかった。





***





……気まずい。



てくてくと歩き出したはいいものの、会話が見つからず、非常に気まずい。

せめて後藤か夏男、二人の内どちらかに付いてきて貰うべきだった。

そうこうしているうちに先程の花房との会話が樹季の頭を巡って、なんだか変に意識してしまうような、そうでないような。


なんとか意識を足を動かすことに集中し、ただひたすらに森の道を歩いている時だった。


「怪我は」

ぼそりと桶川が口を開く。こちらも会話を探しての台詞だったのか、随分固い声だった。

「怪我はねえのか」

「頭ぶつけて痣になりました」



言わずもがな、桶川が樹季をトイレに押し込んだ時にできた痣である。

訊ねられたから正直に答えた樹季だが、桶川の頭の中でどう処理されたのか、桶川が神妙な様子で頭を抱えてしまったから、ぷ、と思わず吹き出してしまった。
その笑い声がきっかけだった。



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