文芸道2
□リトル・スタート
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樹季は申し訳ない気持ちのまま、頭を下げる。
「だ、だって今回、今回のこれ……!」
「お前の所為じゃねえだろ」
「え」
その有無を言わせない口調はまるで樹季が何を言おうとしていたかを確信していたかのようで、樹季はこの場で土下座をしたくなったが、目の前の人物がそんな事をさせてくれる人ではない事を樹季は知っている。でも自分から情けない顔を上げる気にはなれなくて、桶川の視線から逃げるようにして視線を靴底に合わせていれば、桶川の顔がじわりと歪んだ気配がして、いたたまれない気持ちになってくる。
「すいませんって白木、なんかしたの?」
空気を読まない後藤が、素朴な疑問をぶつける。
何と答えようか、樹季が口を動かそうとする前に、桶川が先に答えた。
「昼間、黄山に絡まれてたのを助けただけだ」
「せんぱ、」
「それだけだろうが」
樹季の言葉を遮り、桶川はぴしゃりと話題を終わらせる。知らせる必要はない、と言いたいのかも知れない。
「なんだそれなら、すいませんじゃなくて有難うだろ」
逆さまの後藤はそう言って笑う。
騒動を収めて貰ったのだから、それも間違っていないのかもしれない。
最早申し訳ないのか有難いのかどちらを伝えればいいのか分からなくなっていることは自分でも良く理解している。だがごめんなさいのほうは桶川が認めてくれない。
だから、一人ずつに有難う、と言った。
桶川はおう、と応え、後藤はちゃっかり、じゃあまた今度勉強会手伝ってーと言ってくる。桶川にギリギリと締め上げられ、悲鳴を上げていた。元気そうにしか見えないが、一応怪我人だ。
夏男はぱちぱちと瞬きをしてから、へへ、と笑っていた。
「白木先輩が無事で良かったです」
にこにこと、純粋に樹季の無事を喜んでくれている夏男に、樹季はもう一度有難う、と礼を言う。
「いいですよ。……やっぱり白木先輩は、いい人だ。佐伯先生にきっちり言っておきますね!」