文芸道2

□さあ、まず君の望む物語の話をしよう
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闇に食まれる前に、校舎内へと続く扉を開け階段の電気を付けると、独特の空気を孕んだ階段をこつんこつんとゆっくり降り始めた。そうしながらも手すりから身を乗り出して樹季の姿を確認しようとした花房は、すぐさま体を引き、子供のような勢いでたんたんたん、と階段を駆け下りる。

足音で気付いたのだろう、二階ほど降りた階段の踊り場で、樹季は花房を待つように立ち止まっていた。さっきのように睨んではこない。


「何か」

「ねえ、新しくできたお友達の名前教えて」


そしたら綾部のことは不問にしてあげる、と言えば、樹季はふた呼吸分間を置いて、わずかに口を開いた。



お友達と言えるかどうか分かりませんが、と前置き。


「桶川、恭太郎先輩です」


いつも温度が変わらない樹季の声が、わずかに震えた気がして、出てきた名前よりもそちらの方に驚いて、まじまじと樹季の顔を見る。樹季は一瞬だけ花房と目を合わせ、すぐにふい、と視線を逸らした。




「ああ――」



軽く頷いて、ぽん、と一度樹季の肩を叩く。――綾部に頼らないなと思っていたら、『そういうこと』か。

なんですかと小さく訊ねる声が聞こえて来て、再度視線を合わせた樹季の瞳が、自覚しているのかしていないのか、大きく揺れていた。


「桶川先輩にご迷惑を掛けたら、生徒会室に牛フンばらまきますからね」



白木さんならそれくらい思い切った事簡単にやってしまいそうだなあ。間抜けな感想を胸に覚えた花房は、それでもただ無邪気ににこっと笑う。


そうして、蛍光灯が照らす階段を、さっきと同じように降りる。樹季も二歩遅れて付いて来た。




――いつだったか由井が、白木樹季は桶川恭太郎の情報を集めている、と報告してきたことがある。

その時の由井の見解(樹季が不良に憧れている云々)は信じていなかったが、なぜ樹季が桶川に興味を持っているのか、疑問には思わなかったのだ。


単に小説の参考用だろう、と思っていたそれがここにきて、『面白いこと』だったのだとようやく分かる。

その発見はあっという間に樹季への興味へと変わり、だがそれを悟られないよう、花房は階段の下に視線を戻した。



そんな訳で、二人分の足音を聞きながら、探りを入れる言葉をひとつふたつ吐き出そうと構えた時だった。まだ幾分高さがあるというのに、樹季が軽やかに二階の床に飛び降りたものだから、少し驚いて感嘆の息を漏らしてしまった。



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