文芸道2

□さあ、まず君の望む物語の話をしよう
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樹季はある程度花房に近付くとゆっくりと進路をずらし、花房の横に並ぶようにしてフェンスに背を預けた。


「偽悪者には見えます」

ふーっと樹季は息を吐き、気だるそうに腕を組んだ。


「悪い人ではないと思ってますよ」


私は貴方が苦手ですけど。と付け加えて、樹季は花房の方をちらりと見た。花房の反応を待っているようだ。


「流石だね。確かに白木さんがいつも一人だったのは気になっていたけど」


新しい住処を探す時ですら、白木さんは一人きりだったじゃない?

くつくつと笑いながら、花房は樹季を見返す。サングラス越しでは分からないが、いつものように凪いだ目をしているのだろう。


「でも、ちょっとはずれ」


樹季が言った『友達を増やす』も間違っているわけではなかったのだけれど、きっと樹季は花房の意図を完全に察している訳ではないだろうから、だから花房はゆるやかに微笑みながら、ただ無邪気に樹季の目の前に指で作ったバッテンを突き出した。

家が無くなっても、どんなに苦しくても、できる限り自分の力だけで解決しようとする樹季に、人は人に頼らないと歩いていけないんだよと教えてやりたい。そんな悪戯心に混じったおせっかい心が不意に心の中で頭をもたげたけれど、まあ、どうせ口で言っても伝わりはしないことなのだ、花房は結局何も言わず樹季の前から指を退けた。

樹季と親しい綾部を使って分からせるのが一番最良の手段――だと思った。

ちょっとだけ追い込んで、綾部という逃げ道を作ってやれば、樹季は綾部に頼るだろうと踏んでいたのだが、結局樹季は祭りの間、一度も綾部に接触することはなかった。



自分の計画は失敗したが、樹季がわざわざ心配するな、と言いに来たということは。


「……頼りがいのあるお友達、できたの?」


樹季は何も言わない。ただ、自分の掛けているサングラスを外し、横に居る花房につい、と差し出した。




「由井君に借りたんですけど、お返しします。私、風紀部になったので。だから、生徒会を裏切るわけになるんですが――」


ぱちり、と。

サングラス越しでない視線を合わされた。

周りが暗い事を差し引いても、花房の『必殺技』に耐えているのだ、相当強い意志を持っているのだろう。



「――それを理由に綾部に危害を加えるようであれば、私は貴方を許さない」


樹季は花房を射殺さんばかりの目で睨んで、冷たい夜の空気が垂れこむ屋上をぺたぺたと軽い音を響かせながら立ち去っていった。




「――はは」



腹の底から笑いが込み上げてくる。フェンスに凭れかかりながらも樹季の姿を目で追えば、キャンプファイヤーの光が木や壁に阻まれて、あまり届かない屋上は、ほとんど闇の底に呑まれていて、残念だなあ、彼女が屋上を去る時、どういう顔で自分を見ているのかもっともっと見たかったのに!




花房は、最早通い慣れた、歩き慣れた屋上の床をまっすぐに進む。



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