文芸道2
□ジェントルライオン
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「……はい、でも」
裏切っちゃいました、と樹季は小さな声で言った。
「どうしよう」
自分の所為で綾部に迷惑が掛かったら。自分の所為で綾部の居場所が無くなってしまったら。
桶川と話したことで幾分か冷静さを取り戻したらしい。樹季は顔を青くして立ち上がろうとした。抜けた腰が入らないのか、すぐにその場に座り込む。
「……おい、お前は今回何をやれって言われたんだ」
「ええと、私は神隠しの呼び込みの手伝い……です」
責めるような口調にならないように静かに問えば樹季は言いにくそうに答えて、本当に本意ではなかったのだろうということが伺えた。元よりそれほど怒ってはいないが、今回は無茶が過ぎる、と文句は言いたくなった。
文句の代わりにもう一度溜息を吐けば、今度は綾部の話をした時とは比べ物にならない程顔を蒼白にして、ごめんなさい、と謝られた。いい、と言いながら頭に手の平を乗せれば、やはり少し緊張したように樹季が身を硬くした。
「今日は何をしろって言われた」
「なにも……」
荒事は樹季の担当ではないらしい。考えてみれば当然だ。
「じゃあ問題ねえな。お前は今日何もしなかった。宣伝でうろうろしてたら不良に鉢合わせちまったってことにすりゃいいだろ」
「でも」
「――見くびってんじゃねえよ」
ふ、と桶川は不敵な笑みを浮かべる。
河内の、何かを企んでいるような顔ではない。
高坂の、完璧さに酔う笑みでもない。
自分のやるべきことを確信している、「番長」の笑みだった。
「お前の助けが入らなくてもこんな騒動、止めてやれた」
「でも――」
ああもう、頑固者が。
気にしなくていいと言っているのに、樹季は頑として引こうとしない。
桶川もそんなに気が長い方ではない。押し問答は嫌いなのだ。だからといって子分たちにするように拳で黙らせるわけにも行かないので、樹季の額にばちん、と一発デコピンを入れた。
ぐっ、と苦しそうな声を上げ、樹季が黙る。その隙を付いて、桶川は樹季の腕を引っ張り、肩に担ぐようにして抱え上げた。
ひょう!?と気の抜けた声が聞こえる。
桶川はそのまま立ち上がり、校舎の壁に寄った。手頃な位置にある窓を見つけると、力を入れてそれを外から開ける。ばきん、という音が響いたのを見ると、鍵が掛かっていたようだが、桶川の怪力の前では意味のない事だった。
桶川は、空いた窓から担いだ樹季を中に押し込んだ。大した高さの窓では無かったが、受け身を取りそこなったらしい、ごち、という鈍い音が聞こえた。
「え、ちょ、先輩っ」
「いいからそこでじっとしてろ。動き回るな」
「動けないんですってば!」
承知の上だ。桶川は校舎の中から訴えかけてくる樹季の声を無視して、黄山の残党を潰すために正門へ足を向けた。
腰を抜かして動けない樹季をそのままにしておくのは気が引けたが、ちょろちょろと動き回られるよりずっといい。
正直な所、さっき黄山に襲われている樹季を発見した時は、心底胆が冷えたのだ。もう少し来るのが遅かったら、と思うとぞっとする。
「せんぱああい!」
……しかしなんだ、この捨て猫を置いていくような罪悪感は。
戻ったところで、樹季を連れて残党探しをする訳にもいかない。
「いいから任せとけ」
背中越しにそう言うと、ようやく樹季は黙る。
ごめんなさい、ともう一度小さく聞こえた気がした。
小さな小さな声だった。
頼り方を知らない、頑固な人間の声だった。
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あとがき。(2013.3.24)
ようやく誤解の回収。
自分がほっとしている理由を番長は多分気付いてない。
全然出てきてないのに下まつげ後輩の存在感よ……