文芸道2
□ジェントルライオン
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「なんで物騒なもん持ってんだよ、一般生徒がどうして俺達を……あ、もしかしてあんたの友達を黄山が殴ったとか?だけど喧嘩は祭りに付きもの、って」
俺の言葉に、女は柔和な笑みを一瞬だけ浮かべ――看板を、振りかぶった。
「そっち……が……そっちが、その気なら、」
――女だからって容赦はしない。
――容赦なんてしたら確実に頭を割られる。
――いや、罪悪感が無い訳じゃねえけど!
そんな事を考えた。
けどやっぱり、大人しく女にやられちゃ不良の名が廃る。
俺は、大きく踏み出して、女との距離を詰めた。
喧嘩慣れしていないのだろう。女は焦ったように身を引いた。
バットや看板などの長物は相手の懐にさえ入れば怖くない。
女はいきなり近付いてきた俺を少し驚いたように見て、バランスを崩した。
――いける!
俺は女の腹に、まあ手加減はしたけども、拳を叩き込んだ。
もう一発、気絶させる程度に殴ろうと女の腕を掴んだ。が。
「何してやがる」
低い低い声と同時に、後ろから頭をぐわしっと掴まれた。もう後ろを振り向けないから確認はできないが、この腹の底から響いてくるような声、これはまさしく。
おけが、
そこまで考えたところで俺の意識は途切れた。
*****
気絶した黄山の不良をぞんざいに地面に転がす。
桶川は、目の前に立っている後輩を見下ろし、大きく溜息を吐いた。
疲れや呆れではない、安堵の息だった。
相手が女だったからだろうか、殴られたと言っても、咳き込む程度に留められたらしい。
たまたま校門付近に他の黄山が居ないかを探しに、自分が通り掛かったからいいものの、あのまま本格的に戦闘が始まったらどうするつもりだったのか。安堵の後はそんな不安が溢れてきて、思わず叱りつけそうになってしまったが、いつもより暗い樹季の表情を見てどうにか思い留まった。
桶川の中に、既に樹季に対する気まずさは無い。
ただ、目の前の後輩を落ち着かせようと、彼女が持っていた看板をできるだけそっと取り上げた。武器を持ったままでは、落ちつく物も落ちつけない。そう考えてか、桶川は樹季から取り上げた看板を近くの草むらに投げ捨てた。
「……せんぱい」
「何やってる」
「……黄山を追い払おうと、してました」
そう言った瞬間、樹季はその場にへなへなと座り込んだ。腰が抜けたらしい。
「行けると思ったんですけど……」
「お前が出ることはねえだろ」
不良のいざこざは不良に任せろ、と言って桶川は樹季に合わせて屈む。
しかし、樹季はゆるゆると首を振った。
「今回のこれ、私の所為なんです。黄山が来るのを悟られないよう、神隠しに協力して、それで」
あわあわと樹季は何かを伝えようとしているが、いまいち要領を得ない。元々難しい話が苦手な桶川は、軽く眉を顰めた。
言葉の端々から樹季が神隠しの一端を担いでいたこと、それに生徒会が一枚噛んでいることはなんとか分かった。
しかし、必死に現状を伝えようと口を動かす樹季を前に、桶川はさらりと言葉を返した。
「知ってる」
「は」