文芸道2

□きみは村人Aに恋する
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物語には終わりがある。


だけれど、一つの物語に語るべき話がひとつとは限らない。


物語が終わっても、毎日毎日、変わっていくものはある。





これから語るのは、自分の物語を生きる彼女の、たくさんの中のほんのひとつの話。





***





「あつ……」


ぐったりとした声を出しながら、文芸部の部室を出る。なんだかこの部屋、気温が一層高いような気がする。いやうちの文化部はマッチョがひしめいてるような部活だから視覚的な問題もあるんだろうけど。ぼうっとしていると、外から、聞き慣れた声が聞こえる。
風紀部の声だ。何やってるんだろう。
「番長さんにお土産を!!!」
「ハイ!!」
「突撃!!!」
もう一度言う。何やってるんだろう。


私は二階の廊下から見下ろす形で彼らを眺めているのだが、全く状況が掴めない。三対三で向き合っていたのを見ると、決闘かなにかだろうか。階段を降り、風紀部メンバーの元へ向かう。悲鳴や雄叫びで阿鼻叫喚の様になっていた中庭では、紐に絡んで倒れている風紀部や、雪岡さん、河内の姿があった。

その中で、もそもそと小さい影が起き上がる。生徒会の雪岡さんだ。


「え…えらい目におうたわ…」


方言だ。雪岡さんの声初めて聞いた。かわいい。
雪岡さんに続き、渋谷君が起き上がる。この二人は大丈夫そうだ。


「で?俺に言う事あるんでしょ?」


渋谷君が雪岡さんの腕を掴む。良く分からないが、この騒ぎはこの二人が発端になっているんだろうか。

雪岡さんは慌てたように目をきょろきょろとさせ、意を決したように口を開いた。


「ほ」
少し声が上ずっている。


「本日はお日柄もよく…」

「…は?」

「ち…ちがうのう…なんちゅーかこう…ちゃんと話した事が無いけん」


話し始めの言葉が分からない、と雪岡さんが気まずそうに言った。


「こんなん考えるの初めてじゃし、考えとるとこう…恥ずかしゅうなってきたんじゃ」


え、あ、と渋谷君が戸惑うように身を捩る。甘酸っぱい空気に、私もなんだか気恥ずかしくなってきたのだが。


「二人とも」


思い切って、水を差させて頂く。やばい見られた、と言わんばかりの顔で二人が私を見てきた。私はちょいちょいと二人の足元を指差す。


「え、何……ってああああ!真冬さん!先輩方!番長さんも!」
渋谷君達はすっ転んだままぴくりとも動かなかった風紀部メンバーの上で会話していたのである。「すいません」
私はいいから下の人たちを気遣いなさい。
「あ、そういえば、二年生……」


渋谷君が振り返る。いや、こっちは見なくていいから。


「いや、ほら……二年生、帰ってきてたんだ」


久し振りに見たなあ黒崎さんや早坂君の顔、そう思いながら死屍累々と横たわる二年生やクラスメートを見下ろしていた私の目の前で、がばっ!と勢いよく黒崎さんが顔を上げた。


「白木さん!ただいま!」

「おかえりなさい」

「ああ……いい……!後輩の帰省に優しく声を掛けてくれる部活の先輩!これぞ青春!ブルースプリング!」

「黒崎!起きたんなら退け!」

「いてえ!今踏んだの誰だ!」

「ちょっと忍者!なんであんた更にロープ出してんの!?絡まる!」


わあわあと騒ぐ友人たちに手を貸しながら、私はちらりと渋谷と雪岡さんを盗み見た。二年生の修学旅行中は、風紀部も活動らしい活動ができないので私は文芸部の方に居たのだが、私が離れている間に随分仲良しさんになってるじゃないか。
「雪岡さん、なにかしてきたんですか?」
この中で唯一事情を知っていると思われる桶川先輩に話を振ってみる。が、きょとんとした視線が返ってきた。


言い方を変えよう。


「生徒会として、近付いてきた訳じゃないんですか?」

「生徒会!?あのちっこいの、生徒なのか!?」


生徒としてすら見てなかった。


そういや先輩、私と初めて会った時も、私のこと、綾部の妹だと勘違いしてたな。私が幼顔なのか、先輩が人の年齢を当てるのが苦手なのか分からないけど。


「彼女、制服着てるじゃないですか」

「こないだ男子寮に来てた時は私服だったんだよ」


迷子かと思ってた、と桶川先輩がまじまじと雪岡さんを見る。視線に気付いた雪岡さんが、にこっと桶川先輩に笑いかけた。


「っ!!」
次の瞬間、桶川先輩は側でロープを外していた黒崎さんを盾にするように自分の前に出し、黒崎さんの後ろに隠れるように身を低くした。照れているなんて、可愛らしいものではない。警戒している獣みたいだ。


「番長!?」

「匿え、モールス」


桶川先輩は言って、軽く息を吐く。


「あのガキに見られると寒気がする、あいつ生徒会の最終兵器か何かか」

「ガキって、雪岡さん、私と同じ年ですよ」


生徒会と分かったことで、先輩の警戒心に完全に火がついてしまったらしい。盾、もとい、黒崎さんから離れようとしない。これではまともに話をすることもままならない。

仕方なく、私は先輩から離れて、まだ気を失ったままの河内と早坂君を起こしにかかった。

ちなみに由井君は早々に復活して、黒崎さんと桶川先輩のやりとりをガン見している。眼鏡ずれてるよ。


「あ、お、俺も手伝います」

「ああ、ありがとう」


渋谷君が駆けより、早坂君の方をなんとか支え立たせようとする。が、力がないのでふらついている。


「変わるか?」


すぐに、そちらに気付いた由井君が代わりに早坂君に肩を貸す形で支えた。渋谷君は、自分の細身の腕を情けなさそうに見て、溜息をついていた。


「わ、私はええと思うが!渋谷の細くて軽くて背の高いところも、それはそれで色気があってポイント高いと……」

「……うん、雪岡先輩、それフォローになってない……」


ずーんと落ち込む渋谷君に、その周りをうろうろおろおろと歩き回る雪岡さん。ほほえましい光景だけど、まだ目を覚まさない河内を私だけで運ぶのは無理なので、渋谷君を呼んで二人で支えることにした。


「お借りします」


雪岡さんに渋谷君を借りる旨を伝えると、雪岡さんは、またね!と渋谷君への好意を顔いっぱいに浮かべてぶんぶんと手をふった。かわいい。

「渋谷君、是非頑張って雪岡さんと仲良くなって。主に私が癒されるから」


「……樹季さん、反応薄いだけで、実はがっつり雪岡先輩の可愛い攻撃にやられてますね?」


やかましい。放課後ずっとマッチョと缶詰状態で原稿カタカタやってる日々を送ってたんだ。癒しが欲しくなるんだよ。

ぐったりとした河内を校舎内に運び込みながら、渋谷君はふーっと息を吐いた。


「でも、番長さんには効いてないみたいですね。雪岡先輩の方は、番長さんの事、結構気に入ってるみたいですけど!」


後半の口調がちょっと拗ねたような口調になっていて、私は柄にもなく吹き出しそうになった。

しかし渋谷君の方には私の言いたいことが伝わってしまったのか、怒ったように、なんですか!と聞いて来た。

「渋谷君でも嫉妬するんだって思って」
「そんなんじゃないです!……嫉妬っていえば、樹季さんは嫉妬、しませんよね。番長さんに」
「私?」
「さっき、番長さん、迷わず真冬先輩の方に行ってたじゃないですか。そういう時とか、もやっとしません?」
「別に……」
「雪岡先輩だって、番長さん気に入ってましたよー、じっと見てましたよー、なんとも思いません?」
「別に」






「……樹季さん、番長さんのこと好きなんですよね?」

「うん」

だけれど、悪いけれど黒崎さんは性格的に、色恋に結びつきそうもないし。雪岡さんは、先輩の方が苦手そうだったし。
気にするほどでもないと思うのだ。


「まーとんでもない美少女が先輩のこと好きになったーとかだったら、私も焦るかもね」

「なかなかないでしょうねえ」


渋谷君はあっさりと否定する。




「そんなマンガみたいなことめったにないですよ――番長さん、一般生徒には、近寄り難く思われてるし。他校の生徒にも、結構知られてますしねえ。ていうか、この辺の学校って黄山とか赤坂とか、軒並みガラが悪いから。他校同士で対立してるから、一般生徒と恋愛ーなんてなかなか。ねえ?」

「文化部同士はそうでもない」


部活動交流は他校同士でも活発だ。コンクールや試合で競い合っているので、対立してるっちゃしてるのかも知れないが。

それでも、ヤンキーをやっていると、恋愛沙汰に巻き込まれることは少ないのかもしれない。私は、そんな余裕を持って日々を過ごしていたのだ。


その余裕が数週間後、見事に崩れ落ちるとは知らず。





***





桶川が物凄い美少女を連れて歩いているのを見た。



その噂が樹季の耳に届くのは早かった。というか、クラスメートだし本人は別に隠していないようなので噂の立った当日に否が応でも知ることになった。


「もう、マジ可愛い子でさ!俺としてはもうちょっと胸が大きい方がいいんだけど」


情報源、後藤大吉は、興奮した調子で樹季と河内にその美少女のことについて語った。


「うちの制服着てたんだけど、見た事ないんだよなー。転校生かな」

「この時期にか?」

「最近多いじゃん、夏に転校してくる奴」


親の仕事の都合でさ、と後藤は言った。

「それに、俺達が知らなかっただけで、元からうちの生徒だったかも知れないし」

「妹だったとかそういうオチはないよな」

「先輩は女兄妹いない。お兄さんが二人いるだけ。二人とももう就職されてる」


ばそっと樹季が言うと、河内が若干引く。


「前から思ってたけどな、お前そういう桶川さんの個人情報どーやって調べてんだよ」

「それはそうと後藤君、その……女の子はなんで先輩に?どういう経緯で?」

「さあ……」


教室の一角で三人がひそひそごにょごにょと話していると、教室の後ろのドアが勢いよく開いた。途端、クラス内にざわめきが走る。

「あ」

「噂をすれば」


いつも通り堂々と寝坊をして遅刻をしてきた桶川。その後ろに、今話題の美少女とやらが付き従っていた。
確かに、女性らしい大きい目に、それを縁取る長い睫、腰まで伸びたウェーブの茶髪。きちりと着た制服は、着崩した様子はなく、清潔で。どこかのお嬢様が社会勉強のためにワンランク下の学校に通い始めました、と言えば誰も疑わないほど、精錬とした空気を纏っていた。


そして、一動作一動作が美しい。髪を払う仕草や、目が合った時に少し首を傾げながら遠慮がちに礼をする仕草。ひとつひとつが女性らしく、優雅だった。


「おい、教室まで付いてくるこたねえだろ」

「あ、すいません」つい、と恥ずかしそうに微笑む美少女は、しかしすぐに顔を上げて、

「あの……もう少し、ここに居ちゃ、駄目ですか?心細くて……」


これが少女漫画なら背景に花が咲き乱れていることだろう。不安そうに揺れた瞳で桶川を見上げる少女は、絵で描かれたように可愛らしかった。にこにこと微笑みを向けている少女の腕を掴み、桶川は二言三言、少女に何かを言っていたようだが、


「勝手にしろ」


自分の机に鞄を置き(余談であるが、今朝も桶川の机には花が飾られていたが、それはすでに樹季が撤去済みだ)、桶川は当然のように後藤と河内、樹季の方に歩いてきた。


「桶川さん、あの子、誰ですか?」


こういう時に口火を切るのに役立つのは後藤のKYスキルである。聞いていいのかな、触れていい事なんだろうかという躊躇いが彼にはない。



「あー……」



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