「名前のないavventura」

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「大丈夫ソレ女のうちに入らないほどクリーチャーだから」
「天深君!?」
教室の隅に立っている真冬さんが思いがけず声を上げた。あ、そういえばあのウサギこの人だった、ごめんなさい。


「だから、恵比澤兄、お前でもいいんだよ。渋谷より小さいし」

「俺は別にいいですけど。渋谷より俺の方が強いからなにかあった時に安全だろうしー」


黒崎先輩が。と付け加えて、失言だったと自分を責めた。なにが安全だ、俺より格段に強いだろうに真冬さんは。怒っちゃいないだろうか、と心配になって真冬さんの方をチラ見した瞬間、ロケットのような勢いで真冬さんが俺に抱き付いてきた。


「あ――――――ほんっとにもういい子!!澪架深ちゃんも天深君も超いい子!!私こんな後輩持てて幸せ!!」


そのままわしわしと頭を撫でられ、流石に俺も固まった。

真冬さんはみかを猫かわいがりしているが、案外スキンシップは少ないのだ。真冬さんは女子に慣れてないらしく、みかが近付くと挙動不審になる。最近は慣れてきたのか、向き合って話すくらいはできるようになったみたいだが、その程度だ。俺に至っては正直、みかのおまけみたいな扱いだと思っていたので、あんまり会話したことがない。元々俺は、あんまりヤンキー同士の付き合いに興味はあんまりないんだ、東校番長がどんな人なのか気にはなっていたけれど、それはみかに影響されてというのが大きい。俺達は双子だというのに、本質的な所でどこか正反対だ。

そんな調子で、真冬さんと深い付き合いは今までしてなかったから、こんなラフなスキンシップをしてくる人だとは思ってなかった。
いやそうじゃなくて男子の頭撫で繰り回すとかやめてくださいよ!?

ガバッと真冬さんを引きはがしながらそう叫んだら、真冬さんは嬉しそうににまにまと笑って、後輩とのスキンシップに飢えてるから、もうちょっと、とか何とか楽しそうに言いながら寄って来るから、

いやいやいやいや、そういうのはみかにやってくれ、喜ぶから。

やばい、そもそもみかを差し置いて真冬さんに頭撫でられてるってのがバレたらそれこそ面倒臭い事になるってのに、それ以上に、今は。


「……」


横で、何か含みのある笑みを浮かべている佐伯先生が、めっちゃくちゃ怖い。

幼馴染とかいったっけ、変な独占欲の匂いが漂ってくる。


真冬さんは自分が魔王の起爆剤になっていることに気付いていない。構わずじりじりと近付いてくる。




「だって天深君いつもにこにこしてるから、慌ててるの見るのなんか新鮮――」

「おい」




ようやく魔王が動いた。と思ったら渋谷に向き直り、渋谷のワイシャツに手をかけて、思いっきり前を開いた。ボタン取るなんてみみっちいことやってない。


ブチーン!という音がしてボタンが勢いよく飛んだ。


「ぎゃああああああああああああああああああああ!?」


「やっぱこっち使うわ。恵比澤兄は部室で待機」


「ハーイ」


「天深君のうらぎりものおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


「でも顧問命令だし。よく考えたら渋谷のほうがうまく立ち回れるって、頑張れ。この機会に新しい趣味を増やしてもいいと思う、うん」


「俺あーちゃんのそういう変わり身の早いとこどうかと思うなあ!!なんの性癖増やそうとしてくれてんの!俺に!!」


「お前があーちゃん言うな」




そう言い置いて、部屋を後にする。そもそも、俺は佐伯先生に放課後この教室に来いと言われていたから来たんだけど。元々渋々の立ちあいだったんだ。あの先生に逆らうと鉄拳制裁飛んでくるし。おそらく渋谷の説得要員か、ウサちゃんマンの代打要員だろうが、別に部屋を出るのを止められなかったし、いいかなと思って廊下に出た。……ら、見覚えのある小柄な影。




「……雪岡……先輩?」




ドアを閉めてからそう呼びかけると、雪岡先輩はそわそわした様子でちらっと部屋の方に目をやった。



「あー……今ちょっと、渋谷が着替えてるんで、入らないで貰えると……」



部屋に用事かと思ってそう言ったら、雪岡先輩はばっと飛びつくようにして部室のドアに寄っていった。慌てて止める。




そういえばこの先輩、渋谷に惚れたとかみかが言ってたっけ。それにしたって着替えを覗くのはやめてやってほしい。着替えるのがあの衣装だし。

くりっとした目が俺を睨む。そうして数分がいたずらに経過した。睨んでくれるなよ、そりゃ女子が男子の着替え覗こうとしたら止めるだろ。ていうかなんでそんなにがっつくようにして見たがるんだ。

たったひとつの可能性は、と俺は考えた。この先輩がそういう性癖の持ち主だと推定することだ。だがそんなことがありえるだろうか。こんな可愛い顔してんのに。その顔を食い入るように見つめていたけれど、これといった感情は読めない。

まじまじと見つめすぎて、逆に雪岡先輩の方がたじろいだのか、目をそらされる。なんだかいじめている気分になってしまって、思わず手の力を緩めた。その隙に雪岡先輩は転がるようにして廊下を走っていってしま……走っ……あの人すっげーオッサンみたいな走り方するな!?小柄なみかより小さいから、てっきりその姿に相応しいてちてちした小動物的な動きを予想していただけに、衝撃が大きかった。

小走りのときは可愛いのに、なんでダッシュかけるとあんなんなるんだ。

呆然と後を見送っていると、ふいに、背中に人の気配がした。
つつつ、と背筋をなぞるように指を這わされて、喉の奥から悲鳴のような声が出る。俺の不意をついてこういうことをするのは一人しかいない。


「みかっ!!」

「えっへへ」


自分の鞄を片手に持って、へらりと笑った我が兄弟の紅一点は、隣の部屋の惨状を知る由もなく、呑気に鞄を振った。そろそろ制服の上にベストを着るのが暑くなってきたのか、それとも笑っているからか、頬が赤くなっていた。もしかしたら走ってきたのかも知れない。


「探したよぉ、なーんで連絡なく他の教室いるのー」


部室に俺の姿が無いから探しに来たらしい、澪架深は拗ねたように口を尖らせている。けど、俺したよメール。相変わらずこの妹は新しい携帯を使いこなせていない。

まず前提として、どのボタンでメニューが開くのか、アイコンの意味がなにを指しているか、分かっていない可能性がある。最近連絡するにもひと苦労になっているから早急になんとかしてほしい。

母親譲りの天然とドジは、小言で直るようなものじゃないからもう口は出さないが。
「で、探したって、なんか俺に用事?」

「うん、そー。私明日からちょっと埼玉に帰るからそのお知らせ」

「は?明日?」

「うん」


けろっとした顔で頷きながら親指を突き出すみかだったが――ちょっと待て納得いかない。俺は手でみかの腕を押し下げた。


「俺は!!!???」

「え、佐伯せんせが用事あるからあーちゃん無理って言ってたけど?風紀部で地域復興のためのドジョウ掬いin緑ヶ丘ファスティバルの準備でドジョウ捕まえるお仕事しなきゃいけないんでしょ?」

「なんでそれで納得しちゃうかな〜〜〜〜!?ツッコミ所がひとつふたつどころじゃないそれをなんで信じたかなぁぁぁああ〜〜〜!!!???」


大体なんでそこで佐伯が出てくる。理由を聞く前にみかはぺらぺらと昼休み、佐伯と話した内容を喋った。

「もうねー佐伯せんせ超いい人!大好き!!とにかく黒崎先輩に会えたことだけでも報告した方がいいだろう、前の学校の奴らと話してこいって!特急券も用意してくれててー、担任の先生にも口添えててくれるってー」
「……一人で行くのか」
「あ、弟も一緒に行って来いって特急券二枚くれた」
「なにそれ!!!!!!翔影と小旅行とか羨ましいんだけど!!!???」



目下反抗期中の弟の姿を思い浮かべながら叫ぶ。いやそうじゃない。そうじゃなくて。なんで俺だけハブなの。佐伯先生の言う用事のせいか。まさかさっきのドジョウなんちゃらがマジだとは思いたくないが、俺なにさせられるのこれから。


「翔影が嫌がったらひとりで行く。お兄ちゃんのアパートにひとりで泊まってくる」

「それはそれで羨ましい」


上の兄とゆっくり話す機会もあんまりない。仕事やら部活やらで、最近家族の間の交流が少なくなっているのが、なんか嫌だ。

それを他人にいうとまるで俺が甘えたのように言われるからあんまり口には出さないけど。ていうか、家族と離れるのが嫌って当然じゃないのか。俺がおかしいもんなのか。

クラスの奴の話を聞いてると、平気で家族の悪口を言ってる奴がいるけど、毎日ごはん作って貰って、おかえりも言って貰えて、学校も行かせて貰えて、なんで文句が出るのか分からない。俺達も親と毎日会えるような環境だったらそんな風になってたんだろうか。

ふんふんふんと呑気に鼻歌を歌う妹に、まあいいか、と息を吐く。双子の片割れと離れるなんてなかなか無かったから、新鮮といえば新鮮かもしれない。さっき言った通り連絡すら難しい状況になってるから、心配ではあるけど。
ただ、だ。


一つ問題があることを忘れちゃいないかこの妹は。



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