「名前のないavventura」
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天深は、溜息をひとつ吐いてから自分のスマホを手に取った。
いつもいつも毎日毎日、一緒に騒いで遊んでいた先輩の精神を支えるのも後輩の役目。
「(何か気を遣い過ぎてる気もするけど)」
だから天深は山下に事情を話すべく電話する。だが、丁度話し中のようで、いくらコールしても相手が出ることはない。
由井と渋谷は、しかし不安そうな天深を一笑した。
「落ち込むな。…時間を置いて連絡すればいいだろう」
「メールで説明すれば?」
他人事の二人は、気楽なものだ。
ディスプレイに映っているのは、妹と同じ顔で、眉を寄せている自分の顔だ。妹がらみでなければ、ここまで不安になることもなかったろうに。
仕方なく、天深は不機嫌な顔のままメール画面を開いた。
***
一方その頃。
保健室前の廊下で、澪架深の携帯が震えた。
「わあああああああああああああああああ!?」
震動にびっくりしたのか、澪架深はあわあわとスマホを手の平で何度か跳ねさせ、慌てて着信名を見る。
山下匠。
「ひいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」
思わずポーン!!と空中にスマホを放り出す。反射的に早坂がそれをキャッチし、困ったように澪架深に差し出そうとしたが、澪架深はぶんぶんと首を振った。無理、今は出れません、というジェスチャーをしたつもりだったが。
「?ほら」
早坂は、ご丁寧に、スッと通話ボタンを押してから再度澪架深に携帯を差し出した。
操作が分かりませんってジェスチャーじゃな――――――――――――――――――――い!!!
半泣きになりながら、早坂から携帯を受け取ってしまった澪架深。ああ、聞こえる、電話口から、「もしもし?もしもし?」なんて困った声を出している山下の声が。
いつまでも出ようとしない澪架深を不思議に思ったのか、早坂と真冬が怪訝な顔をした。
「出ないのか?困ってるぞ、相手」
「わわわわわた私ままままだ心の準備が」
「あ、もしかしてそいつがさっき言ってた、間違ってメール送っちゃった告白してきた奴!?」
「そうですよ!向こうの学校の先輩!!」
「なにそれ!?私初耳なんだけど!!」
『……あれ、真冬さん?』
真冬の声に反応して、電話の向こうで山下が驚いたような声を上げた。
『えーと、お久しぶりです。会えたんですね、二人に』
「あ、うん、今部活の後輩になってて……ってちょっと待って」
なぜ山下の声が聞こえる。
『……多分、そっちの携帯、スピーカーになってますよ』
携帯のスピーカー機能を知らない真冬がきょとんとした顔になる。早坂がぼそっと説明をしてくれた。
「手を離したままで会話できるやつだよ。顔近付けてなくてもこっちの声が入る」
「え、ってことは、今までの会話、聞こえて……」
澪架深の愕然とした声に、なんとなく沈黙が落ちる。
『……えーと』
電話越しでも重い空気は伝わったらしい。山下が言い辛そうに口を開いた。
『かけ直そうか?』
「あっ、はい、うん、お願いします」
なんとか答えを返すと、じゃあ、と軽い挨拶のあと、通話が切られた。
「……まあ、誤解は、解けたな」早坂がフォローを入れてくれるが、澪架深の頭には早坂の言葉が入るスペースがない。脳内容量は「告白の返事はぐらかしてるのバレた」、それだけでいっぱいいっぱいだ。若干容量オーバーで頭から煙が出そうだ。
「え、……あの、というか、山下って澪架深ちゃんのこと、好きだったの?」
「いいいいいいいいぃぃぃいいいいぃぃぃやあああああああああああああ!!」
純粋な真冬の質問が、もう、ダメ押しに他ならなかった。そうですそうだったみたいですぜんっぜん全くもって告白されるまで気付かなかったけどそうだったみたいです。
「それで恵比澤さんはなんて返事したの?」
「なななな、なんか思わずというか、反射でごまかしちゃって、そのまま……です」
「へー」まるで、興味のない芸能人のゴシップニュースを聞いたような反応である。心配してないわけではないのだろう。だが、自分に縁がなさ過ぎてそれ以上の反応ができないのだ。
早坂も反応に困って視線をあちらこちらにやってはいるが、人のいい彼だから、話を折って立ち去るようなことはできない。
「……とりあえず、保健室入ろうぜ。廊下でする話じゃないだろ」
保健室の扉を開けて、早坂が二人を促したが、放課後だからか、保険医の姿はなかった。傷薬を探して戸棚を開け閉めする早坂の横を通って、真冬は疲労困憊している澪架深を椅子に座らせた。自分は保健室のベットに腰を下ろす。澪架深と向かい合う形になって、なんとなく、気まずい空気が流れた。
……そうか。山下か。我らが東校のコック兼総合美術係、山下か。
……っていうか告白かーそうかー……私は挨拶一つできず足踏みしてる間に、そこまでステップ踏んでたか子分の方は。
なんだか謎の敗北感を感じて真冬が一人へこんでいると、澪架深の方からあの、と話を切り出してきた。
「山下さんは、その」
「あ、ああ、山下?うん、いいと思うよ、いい奴だし、ごはんおいしいし、料理うまいし、お菓子作れるし」
「ああぁぁ、そういう事じゃなくって、そこまで行く段階じゃなくってぇぇ」
「?恵比澤さんは、山下のこと、嫌なの?」
「嫌じゃないんですけど」
「???じゃあなんで?」
「だってだって、黒崎先輩だって早坂先輩にいきなり告白されちゃったりしたら困るでしょ!?」
相手が相手だったら気まずさが更に加速するであろう切替しだったが、これも性格か、真冬は微塵の躊躇いもなく「あ、無理」と言い放つ。
だが――
「告白……したのか」
唐突に割り込んできた声に、背後に体を捻る澪架深。
開きっぱなしだった保健室の窓の外に、背の高い生徒が居る。
「番長!?」
「げっ」
たわごとだと女子二人の会話を聞き流していた早坂が、桶川の姿を認めて、ようやく引きつったような声をあげる。
「そこの風紀部は……風紀部同士……そうか、仲良くなってお付き合いする段階に来たってわけか」
「やめろ!冗談でもやめろ!!」
「……あやべんといい早坂君といい、なんでそこまで私を拒絶するの……?」
「この状況でハイそうです付き合いますなんていえるか!!あっ、いや違う、桶川、違う、今のは言葉の綾で……っ」
桶川の眼光が鋭くなった。
そこから先の早坂の行動はもはや本能としか言いようがないだろう。彼にしては乱暴に戸棚を閉め、バァン!という音が響いたと同時に床を蹴った。
「……」
それから一瞬だけ遅れて、桶川も窓を乗り越えて保健室の中に入って、早坂に向かっていった。早坂は戦略的撤退、と一年前の彼からは想像もできないような英断でもって、保健室から脱兎のごとく逃げ出した。桶川が追う。保健室の中に一陣の風が吹いて、机の上にあったプリントが舞った。
「……えっと」
誰今の、と言わんばかりの表情で呆然とする澪架深に、真冬が苦笑いを漏らす。
「この学校の番長。……硬派だから、ヤンキーが色恋沙汰の話してるの、嫌だったのかな」
早坂に代わって、真冬が傷薬を探す……が、ずらりと並ぶ薬品類に早々に探すのを諦めたのか、すぐベットに戻って腰掛けた。
「……あの、やっぱり、ヤンキーが恋愛って、おかしいんですか、ねぇ」
発端となった会話を思い出したのか、澪架深は頭を抱えながら椅子の上で体育座りのように身を縮めている。
真冬はそんな彼女の様子におろおろと視線を彷徨わせながらも、平静を装った顔で淡々と呟いた。
「そんなことない。少なくとも東校ではそうだったよ」
そして、早坂が置いていった白いタオルを手に、ゆっくりと、ゆっくりと澪架深の頭にそれを被せようと近付く。
途中で、澪架深がついと視線を上げて、真冬と目が合ったものだから、つい慌てて思いっきりタオルを被せてしまった。もっと優しくかけてあげるつもりだったのに。
「むぐ」
「あああのあの違うのこっちのほうが少しは話しやすくなるかなって」
顔を隠してあげようという心遣いだったが、いざやってみると二人きりの部屋で年下の女子に目隠しした変な先輩だ。おまけになんか字面だけだと変態臭い。真冬自身も幼少の頃、特訓という名目のもと、佐伯に、文字通り手取り足取り喧嘩のやり方を教わっていたり、縄抜けだといっていきなり手首を縛られるなど、結構ハタからみたら怪しげなことを散々されていたのだが。よもやそんなところまで似てしまったのではないだろうかと少し自分で心配になった。あの教師に似るところなんて、戦闘スタイルと紐パンを見た時の反応だけで充分だ。いや正直そこも似て欲しくなかった。不名誉だ。
「……ありがとうございます」
布越しの、澪架深のくぐもった声に、真冬はハッと我に還る。
「えっとあの、あのね、私もこういう話ってあんまりしたことないから、うまく言えないんだけど、こういうのって、恵比澤さんがこれからどうしたいかによって、変わってくるんじゃないかな」
「どうしたいか、」
「うん、そう。どうなりたいかはっきりすれば、自分がやることも分かるでしょ?えぇっと、友達でいたいとか、恋人になりたいとか」
ええと、他に、具体例は。
「ライバルでもいいからなんでも話し合える関係になりたいとか」(監査の時の北条を思い出しつつ)
「わがままをきいてもらいたい、側に居たいとか」(GWの時の御嬢様を思い出しつつ)
「……えーと、ごはんつくってあげたり、家事やってあげたりしたいとか」(佐伯の部屋に来るお姉さま達を思い出しつつ)
「楽しくおしゃべりして……うーん、甘やかされたい?とか?」(アッキー&女の子)
「相手に関するものはすべて手に入れたいとか、全部知りたいとか」(番長withネコマタさん)
「えっなんですかそれ怖い」
番長……!!
駆け去ってしまった彼の人に涙をちょちょぎらせながら、真冬は頭を絞って、なんとか選択肢を出す。えーと、ラブ。ラブに関係のある人。……そういえば早坂も、一時期ウサちゃんマンに熱を上げていた。
「あと、憧れていたい……とか、お世話になった恩返しがしたい……?とか?」
「あ、それ!それはある!」
「まさかのウサちゃんマンかよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「!?」
びくっと肩を震わせた澪架深に、なんでもない、ごめん、と手を振って、真冬は呼吸を落ち着けた。
「……えっと、つまり、恵比澤さんは、山下を尊敬していたいってこと?」
「尊敬、なのかなあ。最初に会った時、不良に絡まれてたのを助けてもらったし」
小柄な体から繰り出された蹴り。転がる不良。大袈裟なほどこちらを心配してくる声。
「会ってから今まで、お世話になりっぱなしだし」
タオルの上から頭をわしゃわしゃとかき回すと、澪架深は唸り声を上げながら、大きく息を吐いた。
「……そうなの?じゃあ、少なくとも仲のいいままでいたいってのは間違いないよね」
ほっとしたように微笑む真冬の耳に、続けて、とんでもない言葉が聞こえてきた。
「わかった。私、山下さんのこと家族みたいに思ってたいんだ」
「……うん?」
「最初会った時ね、あーちゃんにどことなく似てるなって思ったの。あ、思ったんです。顔とかじゃなくて、なんだかんだ頼らせてくれるとことか、心配性気味なとことか」
……そういえばこの双子は、男女の兄妹にしては互いにべったりだよな、と真冬は半ば現実逃避気味に考えた。
家族。しかも、ポジションとしては兄の位置。これは、恋愛感情のうちにカウントされるんだろうか。
「でもお兄ちゃんって感じじゃないんですよね、えーっと、どっちかというと……」
「……お母さん?」
や、山下―――――――――――――――――――――!!
料理好きが災いしたか、変態と不運とセットになっているが故の世話焼き気質が災いしたか、はたまた澪架深自身が実の母親とあまり会えていない事が原因の、投影か。
まさかのお母さん。この世で一番恋愛というポジションからある意味遠い、お母さん。
まさか山下に求められるものがそれだとは。
……いや、奴ならいけるかもしれない。
家庭的というより山下は、凝り性の芸術家肌のような気もするが、嫌われてないだけマシだろう。マシだ。怖いとか言われて女子にドン引きされてた自分よりはるかにマシじゃないか。これで文句言おうもんなら私が殴る。
「よし、その路線で行こう」
「え」
「家族のように接したい、上等だよ。それが嫌っていうなら山下も何か言ってくるでしょ。文句は認めないけど」
この時不幸だったのは、ツッコミ担当がこの場にいなかったことだろうか。
思考暴走型の二人を止めるのは、この場にはおらず。
その日。夜の話。
山下は、自分に届いたメールを見て静かに固まっていた。
【ずっとはぐらかしててごめんなさい。
黒崎先輩に相談した結果、
私、山下さんのこと、お母さんだと思っていたいです。
黒崎先輩が文句があるなら私に言えって言ってました】
「……えーと」
?
……長文が苦手な澪架深が、支離滅裂なメールの文章を送ってくるのはよくあることだった。
それはいい。
いいというか、慣れてはいるのだけど、これは結局どういう所におちついたんだろうか。
お母さんって何。真冬さん何言ったの。
結局断られたのかどうか曖昧な返答に、山下は溜め息を吐いた。
なんだかんだ理由を付けて、はっきりとした答えが欲しいのは、やはり、口では彼女の気持ちを優先したいと言ってはいたも、心のどこかで未練があるからだろう。
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あとがき。(2015.9.15)
紐パンじゃなくてアレは紐水着だけど。
あれなんて名称なんですかね。