「名前のないavventura」

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「先輩方の気持ちは分かります。痛い程」




山下の正面に座っている天深が、姿勢を正して山下に向きなおった。




「でも、先輩たちが無理して笑ってるのが一番、俺らにはクるんですよ。そんなに、俺達は頼りないですか?」



真剣な声だった。

普段は飄々としている事の多い天深だったが、その実中身はわりと大人びていて、たまに年上でもどきりとすることがある。

……いや別に、責めようという意思があるわけでないのは分かっているのだが。山下はなんとなく居心地が悪くなり、視線を逸らした。


瞬間、澪架深が目にもとまらぬ速さで立ち上がり、テーブルに膝をついた。そのまま斜め前に座っていた山下の胸倉を掴んで自分の方に引き寄せる。
ごん、と鈍い音がして澪架深と山下の額がぶつかった。


「ちょ……澪架深ちゃ、」


不意を突かれて山下が目を白黒させる。
息のかかりそうなほどの位置に近付いた澪架深の瞳に、山下の耳に、かっと色が点った。


「誤魔化さないでよ!!嘘の笑顔が一番ムカつくの!!」


話し合いの雰囲気ではなくなったことを悟ったのか、天深は溜め息をついて、立ち上がる。

「落ち着いて。母さんに、手紙書かなくちゃ。行こう、みか」

「……うん」山下の胸倉から手を放し、天深に続いて食堂を出て行く澪架深。扉を潜る前に、山下に向かって、べ、と思いっきり舌を出す。そして背を向けた。


「……ばれてたかあ」


胸元の皺を正しながら、山下は情けなさそうに項垂れた。

「そうみたいですね。澪架深ちゃんはカンがいいし、天深くんはぼーっとしてるようで、鋭いとこあるし。……なにより匠さんたち、苦手でしょ。あの二人に隠し事するの」
食堂に残された山下を、渋谷は苦笑しながら見つめた。
「ちなみに匠さん」

「うん?」

「さっきの、天深くんが言ってた『山下さんたち見てるの嫌』は冗談ですけど、『転校します』の部分はマジですからね」




「……え?」




「澪架深ちゃんも、面白い事思いつきますよねー。番長さんのとこに直接行って、東校に戻ってくださいって頼みに行くんですって」

「は、えっ。じょ、冗談だよね?」

「……冗談ならいいなーって俺も思ってますけど。おばさんに手紙書くってことはマジで相談するつもりなんでしょうねえ……」

「……」


絶句している山下をちらりと見て、渋谷はばれないように笑みを作った。

そもそも、彼らは番長の名前も知らないのだから、探すにしたってどんな人物を探せばいいかも分かってないだろうし、説得するだけならわざわざ転校する必要もないのだ。
転校先をちゃんと把握しているのかも怪しい。黒崎番長のことは、子分達の間で、重く閉口令が敷かれているのだ。


……というかその説得だって、学校から退学処分がでているのだから、番長が了承したってこの学校に戻って来るのは無理なのだ。だがそこに気付かないのは澪架深の一直線な性格ゆえだろう。恵比澤澪架深という人間は、どこまでも奔放で、まっすぐな人間だから。



というか、山下の動揺っぷりを見るに、彼も今のところそれに気付いてはいないのだろう。


驚きのせいか、退学のシステムが分かっていないのか、澪架深なら理屈関係なしにやりかねないと思っているのか。




渋谷はにっこりと笑って、山下の肩を叩いた。





「俺が説得しましょうか?」



「え」



「転校。やめるように。明日になれば澪架深ちゃんたちも落ち着くだろうし、俺のほうが説得しやすいと思うんですよ」






人好きする笑みを浮かべたまま、ずずいと迫ってくる渋谷に、山下は嫌な予感が背を駆けのぼって来るのを感じた。















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あとがき。(2015.6.12)

今のところ山下君→妹ちゃん。
周りにはバレバレだと思う。





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