「名前のないavventura」
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怒られるのは好きだけど、弟くん相手には食指が動かないんだよね、と舞苑さんが肩を竦めた。大いに結構。こちらも弟をそういう目で見るのは遠慮して頂きたい。ていうかいつ知り合った。
「で、なんで連れてきたんです?なんのゲームですか?」
「空き地っつったらあれですかね、組手とかの申込みですか?」
「なんでそう物騒な考えになるかな!怪我しそうなのは駄目って前自分で言ったよね!?」大久保さんにそう返され、俺はわざとらしく視線を逸らしてみせる。そう、この三人、ああ、寒川さんも入れたら四人。
このメンバーが俺達をいっそう気にかけだしたのは……いやもうはっきり言う。過保護になったのは、俺達が自分で、他校の不良によく絡まれることをバラしたからである。
最初は愚痴のつもりだったんだ、兄に制服の汚れと怪我のことがバレて怒られた、今度から怪我しないようにしないと、くらいの話が、なんでそもそも怪我するんだ、って話になって。
別に絡まれるから助けて欲しいって話じゃなかったのに、この四人の琴線に引っ掛かったのは、西校生が後輩にちょっかいを掛けてたって部分だったようで。
……以来、俺達が絡まれてるとどこからともなく駆けつけるようになった。いやまあ、確かに怪我も汚れもなくなったから助かってはいるんだけど。
何日かそういう流れが続いて、俺達もそんな先輩達に慣れて。俺達が絡まれてるのに先輩方を巻き込んでるってのが最初はもやもやしてたけど、先輩方もみかも気にしてないから俺も気にしないようにした。なんでだろう、やっぱり、慣れってやつだろうか。
そのうち、他の子分さん方も真似して加勢するようになってきた。こちらは、今日恵比澤兄妹を助けに行ったのは自分だ、最初に絡まれてるのを見つけたのは自分だと言うためのゲームにしてる人が多い。
なんだ、恵比澤を助けた奴はポイントが貰えて集めると商品でも貰えるシステムでも作ったのか。
「ごめんね、組手は特に却下」
舞苑さんがにこりと笑って腕でバツを作った。この人、たまに目が笑ってないから怖い。
「不満なら代わりに大久保が最近あったすべらない話を披露するから。はいどうぞ」
「え、えぇえ――――!?」
この先輩達の中で、仕切り屋は舞苑さんなのかな?三人の関係は、深くは知らない。でも上下関係はあるようでないんだと思う。単に、この中では舞苑さんが指揮をとるのがバランスがいいだけなんだろう。
それは余談だけど、ひとつ思うのは、俺達はこの人たちに会えてしあわせなんだってこと。俺達が退屈しないようにと一生懸命話をしてくれてる大久保さんも、笑いながら飲み物を取りに行ってくれる山下さんも、また西校生が来ないか、さりげなく空き地の入り口に目をやっている舞苑さんも、ここにはいないけど奮闘してくれる寒川も。みんな、とってもいい人たちだ。小学校のころの友達は声を揃えて、東校なんて不良のたまり場みたいな学校、やめたほうがいいといってくるが、俺は、この学校を選んで良かったと思う。みかも、きっと同じことを思ってる。
彼らに会えて良かった。まだ温かくなりきっていない春の空気が、静かに空き地の草を揺らしていた。
一週間後、そのあたたかな空気が、暗くよどんでしまうなんてこと、思ってもみなかった。
***
東校の番長が退学になった。その噂は、不良ではない澪架深と天深の耳にもすぐ届いたようで、二人はそっくりな顔を少しばかり暗くして、同じ学年の渋谷の元に集まった。
「……どうしたの?なにかあった?」今日も、渋谷は一早く、双子の異変に気が付いてそう声を発した。
「どうもこうも」
だから澪架深は、渋谷の胸倉に、腕を一本のばした。そのままがくがくと渋谷を揺さぶる。片腕だけでも結構な勢いで、渋谷はタンマタンマ!と腕をばたつかせた。
一旦休憩。
場所を食堂に移す。食べながらだったら澪架深も落ち着くだろうと考えた渋谷の案だった。
「……で、なにかあったの?」
渋谷の問いに、ばん!と澪架深が食堂のテーブルを叩く。これで一応落ち着いている方だ。これで。
「暗い!」
「……????」
「……最近、うちの番長が学校やめたろ。それで山下さんとか大久保さんとか……みんなの空気がさ……」
直情的な言葉しか発さない澪架深に、補足するように天深がつけたす。そこでようやく渋谷は事の全容を理解した。
「子分さんたちが落ち込んでるわけだ」
「俺達もね。結局会えなかったな、番長さん」
「喧嘩の仕方、習いたかったのにね」
「ちょっと待って二人が番長探してるのは知ってたけど、喧嘩習うために探してたの!?」
「だって番長さんの戦い方って柔道とか空手の、ちゃんとした武術が基礎になってるんだろ?」
「私達のは我流だからさ。参考にと思って」
「我流だと加減わかんないしさ」
「下手な怪我させるのはやだし」
「前科持ちになるのも嫌だし」
「ストーップ!解った、俺が悪かった!不機嫌なときにちょっかいかけて悪かったです!悪かったから話を物騒な方に持っていくのやめて!反応に困るから!」
双子の表情からは、冗談なのか本気なのか推し量ることができない。たまに真顔でこちらをからかっている時があるのだ。渋谷の反応がいいから楽しいのだろう。渋谷も渋谷で、双子がリアクションを期待している時は自分からノッて弄られ役になっている。文句は出れど不満はない、いい友人関係だ。たまに素っ頓狂なことを本気で双子が言っている時は全力でツッコミを入れるが。
「そこで!頭のいい澪架深ちゃんは妙案を思いつきました!」
ばばーん!と効果音の付きそうな笑みを浮かべて、澪架深は自分の胸を叩く。「東校の皆が明るくなって、私達も番長さんに会える妙案を!」
「……」
「みか、『妙案』は自分に対しては使えない、自分で使う時は『名案』」
天深は両手の人差し指で×印を造り出し、冷えた声で不正解のレッテルを貼りつけた。
彼はその交差させた指を妹の顔に近付け、軽く鼻を摘んでうりうりと動かす。
「難しい言葉使おうとするといつも失敗すんだから、無理すんなよー」
「いーのー細かい事は!ね、ね、二人共耳貸して!」
「なんの話?」
三人が顔を寄せ合って話していると、ふいに、騒々しい東校の食堂に合わない、穏やかな声が三人に届いた。
「このメンバーが食堂にいるのは珍しいな。三人ともお弁当じゃなかったっけ」
「山下さん」
食堂の盆を持った山下が、失礼、と言いながら渋谷の横に座る。渋谷が渡してきた食堂に備え付けの割り箸を受け取って、ようやく山下は、向かいに座っていた澪架深と天深にじとっとした目を向けられている事に気付いた。
「……え、え、なに?」
「山下さんこそいつもお弁当でしょ」
「あー……はは。今朝はなんか作る気になれなくて」
「……」
「ほら、作るっていっても俺ひとりだし……他に食べてくれる人がいないと、なんとなく、億劫になっちゃっ……」
ガン、と澪架深が机に額をぶつけるようにして突っ伏す。対して天深は「あー」と苛ついたような声を出して背もたれに体重をかけて仰け反った。対照的な二人だ。しかし、考えている事は大体一緒だろう。
渋谷はあえて黙って二人の様子を見守った。
先に口を開いたのは、兄よりも行動派な澪架深の方だ。
この重苦しい空気に耐えられなかったらしい。
「ほらぁ!!これ!この感じがずっとなの――――!!なにさ皆揃いも揃って鬱々鬱々鬱々!!もうヤだこの空気!!だから転校する!」
「はい!?」
『転校』。
そのワードに山下が裏返った声を上げる。
「ちょ、ちょっと待って、ほんとにどういうこと?転校?」
「俺ら、どんよりしてる山下さんたち見てるの嫌なんで転校します」
「えぇ!?」
「今のは冗談なんで大丈夫ですよ、匠さん」
渋谷が落ち着いて、と山下に示す。
立ち上がりかけていた山下が、ゆっくり座り直した。
「先輩方は隠そうとしてくれてるんでしょうけど……俺らだって馬鹿じゃありません」
普段の飄々とした態度を消し、天深が僅かに鋭い目で山下を射抜いた。
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あとがき(2015.5.2)
山下さん弟妹いるからお弁当一人分ではないとおもうけど。
今まで山下さんのお弁当は真冬さんが食べててくれました。