文芸道
□カラメルカラーの憂鬱
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和菓子の多いメニューに、何を頼むか、由井が頭を悩ませていると、
「奢るから早く決めて」
荷物持ちの礼と、先輩としての面子のための言葉だろう。
だが、由井は首を振った。
「先日の火事騒ぎはお前の住んでいたアパートの話だろう。奢られる気は無い」
店員を呼び、注文をして樹季に向き直る。
樹季が不審な顔をしていた。
「なんで私が住んでた場所知ってるの」
「忍者の情報収集能力をなめるな」
ふ、と得意気に笑って、由井は胸を反らす。
「先日お前が寮に入り込んでいるのを見逃すとは言ったがな。不純異性交遊まで黙認しては俺の主である雅様にご迷惑が掛かる。そこでお前が寮に居る間、お前が不審な行動をしないか見張っていたわけだ。ついでにお前の身の上もあらかた調べた」
「……調べ……」
樹季は何かを言いたげに口を開き、少し考えるように視線を彷徨わせてから、また口を閉じて息を吐いた。
「……くそ、注意できない」
「お前も似たような事をしているしな」
がたん、と椅子が大きく音を立てた。
椅子から立ち上がった樹季が、由井の胸倉を掴んでいる。
樹季の表情の中に、珍しく焦りと驚きが浮かんでいて、由井は一瞬呆けたように目を瞬かせた。
「あ、あの、白玉あんみつです」
丁度注文を運んできた店員の声に、樹季は、あ、と声を漏らし、由井のカッターシャツから手を離した。
白玉を受け取り、席に着いて店員に謝ってから、樹季は改めて由井を見た。
場所が喫茶店でなければ、尋問でも始まりそうな雰囲気だ。
「……由井君、どこまで知ってる?」
やはり、樹季の口から出たのは尋問めいた質問で。
なぜそこまで顔色を変えるのかが分からない由井は白玉を食べながら素直に答えた。
「お前が桶川恭太郎の情報を集めていることは知っている」
「……理由、分かる?」
「勿論だ」
はっきりとは断定できないが、樹季の様子を見ていればわかる。
情報集めのプロ、忍者として、由井は自信を持ってこう答えた。
「お前、不良に憧れているんだろう?」
「は?」
「普段は大人しい一女生徒、しかしその実悪ぶりたい、常識から外れてみたいという欲求があるわけだな」
「ちょっと、」
「まあ、中高校生にはよくある欲求だ。恥ずかしがることは無い」
「……うん、もういいや、それで」
疲れた顔であんみつに手を付け始める樹季に、由井は続けて言う。
「だがな、だからといって男の一人部屋に女が入り込むのはどうかと思うぞ」
ごふ、と樹季が白玉を咽た。
「……どこからの情報?」
「ある男子の部屋から土曜日に女の声が聞こえたという話を聞いてな」
お前だろう?と答えを求めれば、渋い顔をした樹季は片手で頭を押さえた。
その反応を見るに、土曜日に樹季が男子の部屋にいたというのは事実であるらしい。
「叫んじゃったもんなあ……」
苦々しげに樹季は呟く。
「叫んだ?」
「いや、先輩から黒崎さんは男だって聞」
そこまで言ったところで、樹季の言葉は喫茶店内の別のテーブルから聞こえてきた騒音にかき消された。
「グッバイ青春!!!グッバイレディーズ!!」
聞き覚えのある声だ。
思わず由井も樹季も声の方向に顔を向けるが、双方視力が悪く、今は眼鏡を掛けていないので叫んだ声の主の姿はよく見えない。
しかし、ぼんやりとした輪郭が緑ヶ丘の制服を着ていたこと、蹴躓いて派手に転んでから店を出たのは分かった。
「……えーと、黒崎さんが男だと聞いて驚いたわけで」
「確かに女らしさはないがな」
……今の、話題の誰かさんに似てたよな、と思いつつ、関わりあいたくないという意見は一致したようで、二人は今店を出た人物については触れなかった。
さて、と由井が話題を戻す。
「女らしさと言えば、お前もだ。年頃の娘が男の部屋に一人で入るんじゃない、隙を見せると痛い目に遭うぞ」
「お父さんか」
「下着売り場に男を同伴させるのもやめろ」
「まだ根に持ってんの?」
呆れたように受け答えをする樹季だったが、由井の表情を見て、分かった分かったと手を振った。
「先輩の評判を落とすのも本意じゃないしね、気を付けます」
「おい!俺!俺は!!」
「もう落ちるもんないでしょが」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ由井に店員が迷惑そうな顔を向けていた。
樹季はあんみつを食べながら、何かを考えるような目で外を見ていた。
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あとがき。
未だに真冬を男か女か決めかねている夢主。
実際近くで見て、女性だろうなとは思っているけど、真冬の女性耐性の無さに、もしかして……とも思ってる。
あんみつは男女平等なのでワリカンでした。