学怖短編
□裏側2
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※本編27で、大川が倉田さんがタッグ組んでた〜って話の裏側と、28話以降に美津見さんが夢主に接触するきっかけとなる裏側の部分。
現実なのか、夢なのか、分からなくなる。ここは自分の居た世界なのか?それとも夢の続き?
ぼんやりとそう思った時だった。よく知った悪臭が近付いて来るのを感じた。以前鍵を塞いでいた大きな棚は取り払われていた。紙袋を掴み、慌てて窓から逃げる。
自分が生きている世界は現にしろ夢にしろ、終わりのない悪夢であることには変わりない。
***
今日は、大川の様子がおかしかった。注意して見ているわけでもないし見たくないのだが、こうも毎日追い掛け回されると多少の違和感には気付いてしまうというものだ。
これで、ぼーっとしているだとか、動きが鈍くなっているだとかの違和感なら万々歳だったのだが、残念なことにそうではない。むしろ逆だった。いつもより何やら必死な調子で追って来る。ここ数日は「この間一年の女子と帰ったんだってね!もう、ユッキーの浮気者〜☆」とのたまいながら追って来ていたので、態度は兎も角不機嫌なのだろうなということは予想していたが、今日のはそれとは少し違うように見えた。
焦っているような、何かを探っているような。
いつもは大抵軽口を叩きながら追って来るのだが、その軽口もない。
綾小路は、真剣に追って来る大川を思いうかべる。その瞬間、背筋の毛がザワリと逆立つ。
……なんなんだ!
大川は、綾小路と魂の盟約を交わした。ということは、魂をたどれば、自分の居場所なんか簡単に嗅ぎつけられる能力を持ってるということだ。
それをしないでひたすらマークするように追いかけてくるのは何故なのか。考え事をしながら走れば当然そのスピードは落ちる。完全な失態だった。
まずい、捕まる、と綾小路が歯を食いしばった時だった。
「突撃取材です!お忙しいところすいません!ちょっとお話を聞かせて頂いていいですか!」
天の助けだった。一年の、小柄な女子がなんと大川に話しかけにいったのだ。本来は綾小路の方に話しかけたかったようだが、僅差で綾小路が彼女の脇を走り抜けてしまったので、諦めて大川の方に向かったのだろう。
「あぁ――?ああ、新聞部の……倉田さん?」
***
「倉田……倉田恵美。ふーん、新聞部か。へぇ」
「よく御存じで」
「縁を見たからね」
「えにし?」
「名前の縁。……倉田さん、知らない人に話しかけるときは、自分の名前は隠した方がいいよぉ」
大川は、倉田の持つノートを指さした、ノートには、丸っこい字で、倉田の名前が書かれている。
「ねえ君、倉田恵美さん。取引しようか」
「えっ?」
「君が聞きたいのは……同じ新聞部の女子とユッキーの噂について、かな。よしよし、話してあげよう。話してあげるとも。その代わり、君は今から、僕の言う通りに『彼女』に接触するんだ」
接触とは、同じ部活の仲間に対して随分仰々しい物言いである。倉田がそう思ったのが伝わったかのように、大川はぷひい、と鼻から息を吐いた。得意気なモーションなのだろうが、悪臭空気砲にしか思えない。思わず倉田は顔を背ける。こんな反応は慣れっこだろうから、失礼とは思われないだろう。
マンモス校に相応しい生徒数を誇る校舎の廊下は、この世の不穏、静寂と言った言霊を凝縮させたような空気に満ちている。乳白色の蛍光灯が完全に空気に溶け込み、時に冷たく感じさせる無機質な輝きを一層外界と確立させたスポットライトのようなものへと変貌させていた。廊下の端までの距離は20メートルを超え、外へと繋がる窓が壁をただの遮りではなく、疑似的な檻に見せていた。
その檻に閉じ込められた倉田は、大川の言葉を聞き、不思議そうにしながらも七不思議の会の司会進行を自分が買って出ることを約束した。
悪魔は自分のために、欲のために。
小さな不穏分子を消すことにした。
***
折角の記念日なのに、掃除当番に当たるなんてついてない。
太陽の光を浴びてきらきら白く光る塵をこの教室の中心で見つめながら、少女の姿をした悪魔はそんな事を思った。
ぐぐっと伸びをする、漏れ出す溜め息は噛み殺す事もしないで盛大に零れ落とす。
「やあ、美津見さん」
「あら、インキュバス」
教室の入り口に佇む大川大介に気が付いた。
「和名で呼んでよ」
「大川大介、先輩。何か御用ですか?」
穏やかな笑みを浮かべる彼女は、美津見志保。波打った髪と優しそうな表情が特徴の、独特の魅力を持った女生徒だった。大川の体臭を不快に感じている様子はない。ただただ、一先輩に対する丁寧な口調で受け答えを進める。
「最近、こっちに干渉してきた人間、いるじゃない」
「ああ、彼女ですね。――ええ、とても――個性的な、かた」
「そいつが最近、僕のユッキーにちょっかい出してるようでさあ」
「あら、大変。……そういえば、彼と先輩の――魂のつながりが薄くなっているように見えますね」
少し目を細め、美津見は何かをたどるように視線を泳がせる。
「僕は臭いで感じるタイプだからさあ。よく解らないんだけど。やっぱり薄くなってる?」
「ええ。消えてしまいそう」
大川が珍しく苛立ちを顔に出し、舌打ちをした。それすら、美津見は穏やかに見る。
「魂の契約は、絶対。それが薄くなるのは……契約した悪魔より上級の、悪魔が干渉した時――そして、人間が契約の『穴』を見つけた時。あるいは……」
「僕らの及ばない世界からの、干渉が為された時」
大川は結局教室に入りながらそっと目を閉じた。