学怖短編
□裏側1
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慌てて赤部の背に付いていきながらも、綾小路は、確認するように声を絞り出した。
「な、なあ、ここは――ここは、未来なんだよな」
「そおね。君にとっては」
「じゃあ、大川も……俺と契約した悪魔も、ここまでは追って来ないんだよな」
「断言はできないけどね。けど、綾小路さんがこっちに移住するのは無理だと思うよ。戸籍とかどうすんのさ」
赤部の指パッチン。……言われて見れば、そうだ。
綾小路のライフポイントは、追って来る大川を想像しただけでかなりへったんじゃないだろうか。
赤部に小声できく。
「でも赤部は悪魔に対処できるんだよな?」
首を横にふる赤部。
「この世界じゃ怪異に会う機会なんてないもん。私が持ってるのは知識だけ。それに、対処できたとして、君のために危険を冒してあげる義理なんてないね」
顔色ひとつ変えずに赤部は言う。非情というべきか、ドライと言うべきか。
「……だから、友達があちらの世界に行っても心配一つしてないんだな」
「そうかもね」
「皮肉も通じないのか」
声は低いが、押し殺したようにか細くなっているという不快感を色濃くした言葉と共に、マスク越しに唸るような声が漏れる。
「や、皮肉が言える余裕があるんだね。素晴らしいよ。心に余裕があるのはいいことだね」
「むかつく……」
ストレートに不快さを口にする綾小路を無視して、赤部は細い通りに入り一件の古本屋の前で足を止める。二階が住居になっている、小さな店だ。古本だけでなく小物も売っているらしい、奥に小さな飾り棚が見える。
「ここねえ、オカルト関係の本やグッズが結構売ってんのよ。悪魔撃退に役立ちそうなもの、探したらあ」
「……どうも」
重々しく礼を言い、目に入った一冊を手に取った。高そうだが、安い本だと信憑性が薄くなる気がして嫌だった。赤部の方は、親しげな笑みを浮かべてカウンターに座っている老人の方に歩いていっていた。
内容を確認しようと、綾小路は持った本のページを捲ろうとする。しかし、その手はするりと本のページをすり抜けた。
「?」
自分の掌を見る。まるで幽霊のように、向こう側が透けて見えた。驚いて本を落とす。いや、落としていない。本が綾小路の手をすり抜けたのだ。
「赤部っ……」
とっさに助けを求めるような声が出たことに自分で驚いて、綾小路は自分の喉を押さえる。自分にはちゃんと触れた。だけど、本に触れない。本棚に手を付けない。この世界にあるものだけが綾小路を拒むようにすり抜けていく。再度、赤部の名を呼ぶ。しかし彼女は気付かないのか、カウンターの老人と談笑をやめようとしない。声も届かなくなっていることに綾小路は愕然とした。
「あ……――ぅあ……?」
続いて、突如襲ってきた閉塞感。喉になにか詰め込まれたように、息ができない。
「……え、ちょっと!?」
たまたま振り向いた赤部がようやく、綾小路の状況に気付く。老人の方は、幸か不幸か目があまり良くないようで、老眼鏡を不思議そうにかけ直していた。
――あ、あ、あか、べ。
綾小路がぱくぱくと口を動かすのに、赤部の表情が僅かに狼狽の色を見せる。
――……苦し……
***
気が付くと綾小路は、誰もいない美術準備室の中に立っていた。ぐっしょりと背中を汗が伝っている。息苦しさは、ない。
自分の掌を確認する。透けていない。まるで白昼夢を見ていたようだ。
時計の針は、数分も進んでいなかった。現実だったとは考えられない。
足元に落ちていた何かが、空気に揺られてかさりと音を立てる。
赤部が友人に渡して欲しいと言っていた紙袋が倒れていた。
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あとがき。
物語の裏側というか、作中でやたら綾小路君が出張ってたのは、このお話と繋がってるからってのがある。
作中で、綾小路君が夢主の首を締める時に「あいつらから聞いたのか?どこまで聞いた?日曜にあいつらと居たのも、俺を付けていたからか?」と言っていましたが、このあいつらとは、「風間と大川」ではなく「風間と赤部」です。赤部が悪魔召喚のことを知っていたからこその疑心暗鬼の台詞。
本当はこのお話、本編が終わるまで取っておこう、ともすれば公開はしないでおこうと思ってました。
けど、本編がキレイに終わるには、赤部の協力が必要になるかなと思ったので。
ここで彼女サイドの話も出しておいた方がいいかなーと思いました。
あくまで裏話なので、かるーく補足、みたいなお話なんですが。