「こんばんは」
「あぁ紗由ちゃん、いらっしゃい」
「ね、マスター。いつものお願いします!」
そういって座った席はこの店のマスターこと相羽(あいば)さんの目の前のカウンター。
ここは私の行きつけのバー。薄暗い照明、ゆったりした雰囲気、大好きだ。あまり人も多くないから、まさに『穴場』だと思ってる。
『大人』に憧れて、二十歳になってすぐに落ち着いたバーを探して『行きつけの店』を作った。
外見は童顔、身長150センチで色気はない、さらに言えば男性経験もない。そんな私がない頭を振り絞って出した『大人』のイメージは
【暗く落ち着いたバーに一人で通ってタバコの煙に包まれながら哀愁漂わせてカクテルを飲む】だった。
タバコも既に何回か挑戦はしたのだけれど、どんなに軽いものでもむせて仕方なかったので諦めた。何より周りから「タバコが面白いほど似合わない」などと言われ笑われたので、私には縁がないものなのだと思うことにした。
「はい、お待たせ」
目の前にことりと小さな音を立ててグラスが置かれる。綺麗な薄紅色のカクテルは色もさながら、味もしつこくない甘さが大好きで、こればかり飲んでたら気付けば「いつもの」で通じるようになった。
ただそれだけの事なのに何故だかここの常連になれているようで、大人に少し近づいた気がして嬉しい。
「どうしたの紗由ちゃん、具合悪いの?」
「え?普通だよ。どうして?」
「何か難しい顔してたから」
「違うよマスター。どうしたら哀愁漂わせられるか試行錯誤してたの!」
「……ブフッ!哀愁ぅ!?」
吹き出してゲラゲラ笑うマスター。そこまで笑われるとちょっと落ち込んでしまうのだけど……。
「マスター笑いすぎ!私真剣に大人の女になろうとしてるのに!」
私が怒るとマスターは「ごめんごめん」と笑って宥めるように言う。
なんだかそれも子供扱いされているみたいで素直に受け止められないのだけど。