LONG

□血の鎖 第十九章《製作中》
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ザァアァァァ…ッ―――

数日前から続く長雨は、夜が明けて日が沈んでも止む事はなかった。
寧ろ、雨脚は強くなる一方で留まる事を知らない。
窓の外の光は翳り、人々は陰鬱とした空気の中で、表情を淀ませる。
「止まないわねー」
「もー、超鬱陶しいー」
人々は口々に、この長く続く天からの恩恵を愚痴り、早く止めばいいのにと切に願う。
偶に降る雨はとても嬉しいものだが、こうもずっと降り続けられると逆に気分が落ち込むようだ。
街の通りに人の姿は少なく、色取り取りの傘が通りを進んでいく。
店先では客の少なさに頭を抱える店主達が「困った」と顔を顰めていた。

どんよりと重い、雲。
水を吐き出し続けるその雲の黒さに、ふと、アイドの足が止まる。
「どうかした?」
問いかけるレイジにアイドは首を横に振って見せた。
「なんでもない」
その表情は、いつもと同じ穏やかな表情。
でも、どこか…


決意の篭った表情だった…―――




+++ 血の鎖 第十九章 +++



 ― 第一幕 開戦 ―





エルトリアルは、その日とても静かだった。
いつもの様に研究員が働く、いつもと変わらない風景に見えた。
でも、圧倒的に違うのは、目に見えて明らかで。
誘うように、門の前に人の姿はなく、しんと静寂だけが漂っている。
しかし、二人の姿はエルトリアルの前にはなかった。
あるのは、イルミナーゼが教えてくれた地下通路。
正面切って敵地に乗り込むのは得策ではない。
だから、二人はイルミナーゼが教えてくれた地下通路へと向かったのだ。
その場所は、イルミナーゼが命を賭けて…大切な商売道具である腕を失くしてまで見つけてくれた場所。
その場所に、二人はいた。
木々の木陰から、そっとその穴倉を覗く。
その場所には、二人の厳つい男の姿があった。
流石に此処までは警備を手薄にはしてくれていないらしい。
いや、その前にその警備が手薄だと言う事事態怪しいものだ。
確たる証拠は何処にもない。
と言うか、これ事態罠であると考えた方が得策だろう。
それでも、向こうさんが折角お膳立てしてくれると言うのだから、其れに乗らない手も、ない。
寧ろ、願ったり適ったりと言うものだ。
下手に乗り込む作戦を立てなくて済むし、誘ってくれるのならそれにあやかる事が、やつらの喉笛に噛み付く一番のチャンスになる。
それに、ことを公にしなくて済むのも嬉しい所だ。
二人はじっと見張りの男二人の様子を注視した。
最初、アジトに乗り込む作戦として幾つかの候補も出ていた。
例えば、軍お抱えの研究所に押し入って、その地下通路を通って乗り込む作戦。
この作戦が、この情報を手に入れるまでの間は一番の最有力候補だった。
地下にある通路への扉の存在は、市民に知られたくない軍にとっては一番のウィークポイント。
脅してその場所を使ったとして、恐らく表立って自分たちを罷免しようとする人間はいないと踏んでいた。
だから、その場所からエルトリアルに乗り込む作戦を二人は立てていた。
多少のけが人は出すかもしれなかったが、それでもそこ以外危険をある程度伴わず入り込める場所がないと思っていたからだ。
勿論、イルミナーゼが教えてくれた幾つかの洞窟から忍び込むことも考えていた。
しかし、見張りやゴロツキが居住していそうなそんな場所からでは、上に辿り着く前に何かと厄介な事になりそうなのは判っていた。
かと言って、其れこそ正面切って入るという作戦もどうかと思われた。
エルトリアルには、雇われただけの警備兵や、研究員も居る。
その人間たちを巻き込みかねない作戦は出来るだけとりたくなかった。
総合的結果、中々決定打は出なかった。
やはり、軍の研究所から入り込むのが得策だと、アイドは言葉にした。
恐らく、彼の胸中は少し焦っていたのだろう。
いつもの冷静なアイドらしからぬ乱暴な作戦内容に、レイジは頷く事が出来なかった。
そして、レイジにぴしゃりと其れは却下され、幾日か情報を集めもう一度作戦の建て直しをしていた時に、舞い込んできた情報。
その情報の先は、サンセット協会だった。
流石と言うか何と言うか。
利害関係を結んでいるサンセット協会は、それとなく彼らの耳にその情報が回るよう、小賢しいがありがたい策を弄してくれた。
勿論、情報を流すよう命令したのは、ケイシュールだろう。
そして其れを何も知らずに、下の連中がまんまと踊らされ、話し、其れが彼らの耳に入った。
それを聞いた二人の周りには、一瞬で張り詰めた空気が漂ったのを、恐らくその場にいた人間たちは感じていたと思う。
罠、と言う言葉は何度も頭に過ぎったし、勿論これを本当に好機とは思っていない。
しかし、逃がす手もないというのが二人の意見だった。
此処は、奴等の独壇場。
自分たちには不利益な場所だ。
其れは重々承知。
彼らには、この建物内部では地の利がない自分たちのほうが圧倒的に不利だと思われているに違いなかった。
それでも、その罠に乗ることに決めたのだ。
寧ろ、奴等がそう思い込んでいてくれるなら好都合だった。
イルミナーゼから入手した情報は、まだあったからだ。
彼ら二人がイルミナーゼから入手した情報。
それは、エルトリアルの内部構造。
数ヶ月ユリウスの配下に下って、彼らのアジトが何処かも知らないまま、仕事を行っていたイルミナーゼだが、内部の構造を隅々まで記憶し其れを図面で書き起こしていてくれたのだ。
勿論、彼が通される事を許された場所のみの話ではあるが。
それでも、二人には其れはありがたい情報だった。
そして其れと照らし合わせて、穴が開きそうなほど読んだのが、サンセット協会で手に入れた、エルトリアルの館内地図。
頭の中に部屋の位置、階層を叩き込んでおいた。
これで少しは向こうと地の利も互角になれたわけだ。
そして、極めつけは、この地下通路の地図だ。
彼らも流石に、其れを入手しているとは思って居まい。
二人は顔を、見合わせた。
其れを合図に、二人はその場から駆け出した。

そう、戦いの始まりだ…―――







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