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□血の鎖 第十七章
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「はぁっ…、はぁっ!はッ…!」

息が、喉が焼けるように熱く、咽ぶ。
地下だというのに、蒸し暑い空間。
もう、何時間この下水道を走っているだろうか。
逃げ惑った所為で、迷路のように張り巡らされたこの空間で道に迷ってしまったようだ。
(北に向かってたはずだ)
自分の中で、北と思われる方向に逃げてきたつもりではある。
迷いはしても、北にある出口には…近付いているはずだ。

カンカンカンカンカンカンッ―!!

「!」
反響する、靴音に近くの窪みに身を潜めた。
「いたかっ!?」
「いえ、未だ発見できておりません…!」
声が反響し、耳に届く。
彼は身を潜めたまま、息を殺し辺りの気配に注意深く気を配った。
声の主の居場所は遠く、まだ距離があるように思える。
(まだ、遠い…!)
逃げれる、と判断したのと同時にその場から飛び出し、勢い良く駆け出した。
手元には、小型の通信機。
その画面を駆けながら覗き、彼は眉を寄せた。
(頼むッ…!)
気がついてくれ、と。
彼は追ってから逃げながら、必死にそう願っていた。

そう…彼、イルナーゼ・コア・バルドッシュは……――――




++++血の鎖 第十七章+++






 ― 第一幕 癒着 ―





ことは、一週間前に遡る。
ユリウスの根城に彼が潜入して、早数ヶ月。
未だ全容は明らかにはなっていない。
用心深い彼らは、幾ら彼らの為に力を貸して見せても、なかなか信用を置いてはくれず、アジトへの出入りの際には必ず見張りが付き、必ず地下通路を経てのみ許可された。
それも、毎回指定場所を変え、目隠しをして地下通路まで連行する念のいれよう。
外出の時にもそれは言えた。
けれど、それは自分だけが受けるものではないらしい。
本拠地に招かれる人間と言うのはごく少数で、その殆どが自分と同じ処遇らしい。
余程の来賓でもない限り、表切って本拠地へ入ることは赦されないようだ。
それだけ、人に知られるとまずいと言うことだろう。
だが、肌に感じる風。
鼻につく匂い。
耳に届く人々の声。
回を重ねるごとに、視覚を奪われても判るものも出てきた。
更に歩測で、位置関係を。
内部の作りから建物の大きさを。
下っ端達のたわいもない会話から上層部の構成を、ある程度考察できた。
この組織、これを仮に「X」とした場合、Xは事実上三人の幹部によって運営されている。
その頂点に立つのが、ユリウスと言う男だ。
ユリウスのフルネームはユリウス・ゼヴィア・メンヴィーテ。
噂に聞く、あのメンヴィーテ家の人間らしい。
そして、彼の側近と言える人間が「ケイン」と「ダリッシュ」。
主に運営のほとんどはこの二人によって行われており、最終的な決定のみをユリウスが行っているらしい。
だが、ユリウスはこの二人をかなり信用している様子で、自らの意思で行動を起こすことを赦していると言う。
そのため、ユリウスに下っ端の人間が逢うことが殆どない。
彼は、この建物の最上部に住んでいるらしいが、その場所への立ち入りも二人以外には赦されないらしい。
(メンヴィーテね)
生態研究に詳しい、医療従事者にも多くこのメンヴィーテ家の人間が関与しているとか、軍部との繋がりが強いとか、大陸会とも繋がりがあるとか。
黒い噂の絶えない、家系。
表舞台に出てくることは殆どなく、裏で暗躍し続ける一族だ。
詳しい情報は、余り出て来ないが、ヴァンの話は訊いたことがある。
医療系従事者の中には、未だに彼を崇拝する者が数多くいると訊く。
彼は多くの震撼を医学界に走らせた生態医学の第一人者。
そして、裏では私利私欲の為に人工性フィロッドを製作していた人間だ。
当時、その定義を提唱したヴァンのことはかなり大きく取りざたされていた。
古い新聞なんかを見れば時折名前が載っている程、当時の医学界で彼はかなりの名を馳せた研究者だった。
だが、定義こそ確立はしたものの、その後の研究において成果は上がらず、その内一般人の目には彼の名前は余り触れられることはなかった。
実際は、彼の功績は人工性フィロッドだけには留まらず、多くの偉業を残している。
しかし、医学界は秘密主義。
多くを取り上げる事は出来ず、彼の功績を知るものはごく僅かに限られた。
多くの人の関心を集めながら、その日の目を見ることなく去った、ヴァン。
しかし、その遺功を継ぐ者たちは確実に居た。
そんな、医学界では神とも讃えられる様な男の、息子。
それが、ユリウスなのだ。
(流石に…この事実は驚いたよなぁ)
父ですら為しえなかった研究を見事に為しえ、それを表立って発表することなく、自分は完全に裏に徹して、この世界に伸びるユリウスの手。
彼は恐らく、父よりも狡猾で、頭が回る人間なのだろう。
そして恐らく、この世界に生きるどの人間よりも恐ろしい生き物。
(調べが付いただけで120人だぞ…?)
ゾッとする内容。
彼は食人趣向の気がある。
性癖もかなりのものだ。
調べれば調べるだけ、背筋が凍るような、人間。
こんな奴を相手にしているのかと思うと、生きた心地がしなかった。
だが、アイドを思えばこそそんな反吐の出るような人間の下でも平静を装って働けた。
(あとは…)
この場所の所在を知るだけ。
候補は幾つかに絞られたが、まだまだ判断しかねる所がある。
イルミナーゼは、ヴェルバーサ大陸の地図を机に広げ、丸の打ってある場所を見つめた。







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