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□血の鎖 第十六章
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「レイジェンス様、お似合いですよ」
「…そうかぁ…?」
「えぇ、とても」
その朝、従者はいつもと違いとてもにこやかだった。
袖を通す、新品の晴れ着。
いつもは伸びっぱなしの長い髪も、今日ばかりは上で纏めて縛ってある。
「なんか、首元が寒いんだけど」
「少しの間ですから、我慢なさってください」
いつもある首にかかる髪の毛が今日はないことに、しっくり来ない様子の主を見て、彼は苦笑を零した。
「子供じゃないんですから」
「お前、どんどん小姑化してるな…」
むっすりと頬を膨らませて、唇を尖らせる少年は、これから先の未来、この国を背負って立つ人間。
「ま…戴冠式の間だけは我慢してやるよ」
「そうしてください。レイジェンス様」

レイジェンス・エル・オーランド。
若干18歳にしての戴冠である。





+++ 血の鎖 第十六章 +++



 ― 第一幕 離別 ―




「アイド、起きてる?」
コンコンとドアを叩く合図。
アイドはふとそちらに視線を向けた。
遠慮がちに開いた扉の先には、いつものレイジからは考えられない凛々しい姿。
「…」
一瞬、息を呑むほど、その雰囲気たるや別人だ。
「俺、なんか変かな?」
アイドのその視線に気がついて、あちこちを見渡し、何か変な所が有るのではないかと探す姿はいつものレイジのものだ。
アイドはその様子にぷっと笑いを吹き出した。
「ふふ…」
「え〜?なんで、笑うかな」
「別に。なんでも」
くつくつと、お腹を抱えて笑うアイドの表情は、昨夜のものとは違って、元気に見えた。
レイジはそれにほっと息をつく。

昨夜。
激しく二人で抱き合った後、糸が切れたようにアイドは眠りについた。
無理をさせてしまったのだから、当たり前だ。
アイドと快楽を貪って、幾らか熱の取れた身体。
眠ってしまった彼の介抱をして、シャワーを浴びた後に部屋の外に出たのは、日付が変わった辺りだったのではないだろうか。
時間はよく、覚えていない。
ふらふらと、まだだるい身体を引きずって外に出たレイジを、待っていたのは従者だった。
「レイジェンス様」
そっと傅く、ルシファー。
頭を下げてただそこに跪いている、彼。
言われずとも、訊かずとも何となくレイジには判っていた。
「…ラフィアを焚きつけたのは、シーファ…お前か」
閉めた扉にもたれ掛かり、なんとか立っている様な状態のレイジが、苦しそうに問いかけるが、答えはない。
「…そうか」
だが、答えずともそれが「答え」だったのだ。
「…ほんと、お前って極端すぎ…」
はぁ、と一つ溜め息をついて、レイジは頭を抱えた。
「そんなに、アイドが嫌いか…お前」
「…ぃぇ」
「…ラフィアと俺を、夫婦にしたい?」
「…先日、までは」
「先日まで…?」
ルシファーの言葉にレイジは小首を傾げた。
その物言いでは、今はそうは思っていない様子に思える。
「…今は、あの方を疎ましく思ったり、蔑んではおりません」
「…へぇ…」
ルシファーは立ち上がると、真っ直ぐにレイジの瞳を見て、告げた。

「貴方を支えていくのは、あの人だけでしょう」

と、その口で。
その言葉に、レイジは驚きを隠せない。
まさか、ルシファーが折れるだなんて思いも寄らなかったのだ。
言葉を失っているレイジに、ルシファーは笑いかけた。
「でも、ラフィアート様はそうではなかった」
「…それで、か?」
「はい」
彼女の味方の振りをした。
別に敵という訳でもないが。
意見の相違がある以上は「敵」と言えるかも知れない。
「あの方は貴方にとても執着なさっている」
「…お前はその意味を知ってるだろう?」
「…私には、身に余る事ですゆえ、存じ上げはしません」
ルシファーの言葉に、レイジは眉を寄せた。
やはり、この男は彼女の気持ちを知っていた。
知らない振りを続けていただけだったのだ。
「…根性悪ぃな…」
「…聞こえませんね」
ルシファーはレイジの小声の悪態には耳も貸さずに、話を続ける。
「…それ故に、貴方を諦めさせるのは、説得では無理だと解釈いたしました」
それならばいっそ。
言葉よりも判り易い手段を使うしかない。
言葉よりも単純で、そして心の中を抉るような、強烈な印象。
諦めざるを得ない状況を、作るほかなかった。
「…ラフィアがその作戦に載らなかったら?」
「あの方の性格を考えれば必ず載ると、踏んでいましたよ」
レイジの「もしも」の問いかけにルシファーは笑って答える。
「…俺が本当に彼女に手を出していたら?」
「それはない、と思っておりました。」
ルシファーは、そう言えばさっきもそんな質問をされたなと、思い出しながら。
笑って、告げる。

「レイジェンス様を、信じていましたから」

と。






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