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□血の鎖 第十四章
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「なんだと…?」
張り詰めた声。
驚きを隠せないとばかりに、彼は眼を丸くさせた。
「それは、本当の事か、ダリッシュ」
「間違いない」
ダリッシュは手に持っていた書類を靡かせ頷く。
「何か有るのかと思って、調べさせたら思わぬ収穫だった」
ケインはダリッシュからその書類を取り上げると、目を通し、そこに書かれている事実を目の当たりにして、また驚く。
「まさか…」
「俺だって、信じられないって」
ダリッシュは肩を竦めて、ケインを見遣る。
そして、ユリウスのほうに視線をめぐらせた。
「だが、事実だ」
思いもよらなかった事実。
その真相を知って、ユリウスもケインも、そしてそれを調べさせたダリッシュも、驚愕する。
「アイドは知っているのか」
「さぁ?マザーは何も知らなさそうな様子だったけど」
向こう側で過ごした数日。
自分があの男の違和感に気がついたのは偶然で、普段は何処にも、何も違和感など存在しない。
「寧ろ、誰も思いつかないと思うけど」
「まったくだ」
「とんだ、食わせ物、と言ったところか」
ユリウスは、面白いとばかりに口端を上げた。
「ただの目障りな男だと思っていたが…」
くく、と篭った笑いを零し、ユリウスは頬杖をつく。


「レイジ・エル・ナフィナンス。そんな男は存在しない、か…」


「どうしますか…?」
ケインが訊ねれば、ユリウスはくすりと笑った。
「さぁ、どうしたものか」
「捜索願が出てはいるようだぞ。秘密裏だけど、な」
「そうか」
なら、とユリウスはケインから受け取った書類を辺りに投げ捨てた。


「餌をくれて、やるといい」








+++ 血の鎖 第十四章 +++




 ― 第一幕 虚偽 ―







「ダリッシュ」
「なんだ」
「さっきの件、どうするつもりだ」
長い廊下を歩き、ケインが訊ねる。
「ユリウスがいった通りにするつもりだけど」
「珍しい、お前が」
「別に」
淡々と返すダリッシュ。
ケインはそんな彼の横を歩きながら、不満そうにしている。
「なに?まだ、信じられないって?」
「当たり前だ」
「そんなの、調べた俺ですらそうなんだから」
「そうは見えないんだけどな」
「今更」
確かに、今更だなとケインは思う。
ダリッシュが表情を崩す事なんて、最近は見たことすらない。
「で、餌はどうまくつもりなんだ」
「こっちがあいつを調べてる事は、なんとなく伝わってるだろう」
「なに?」
「覚えているか?ジェルリ・ヴァン・シャード」
その名前は記憶にあった。
確か、マザー達と時折一緒に居る男の名前。
そして。
「お前がこちら側に引き込もうとした男だろう?」
「そ」
「それがどうした」
「言ったろ?ゲームを仕掛けたって」
それはジェルリに美味しい餌をぶら下げて、裏切りを促したこと。
けれど、上手くはいかなかったようだ。
基から期待はしていなかったため、それはそれで構わないが。
「それとなく、あの男について調べている事は伝えてある」
「態々、なんで」
「あの男に期待はしてなかった。下から迷っていたようだしな。だから、向こう側にもし戻ったならば、その事実を伝えるだろう」
そうなれば、あの男の言動に何かしらの変化を与えるはずだ。
猜疑心が膨らんだ所に餌をぶら下げておいたらどうなるか。
見物だ。
「そろそろフィナーレにしたいだろう?いつまでもマザーを泳がせておく意味は無い」
「わざとこちらに足を向けさせる、と?」
「あぁ。ユリウスも、そのほうが楽しいだろう」
「また、そうやって勝手に…」
「じゃぁ、マザーが自力で此処に来るのを待つ、って…?」
低い声で問いかければ、ケインは黙ってしまう。
確かに、今のままではマザー自らが此処を探して辿り着くまで時間が掛かるだろう。
その間、ずっとヤキモキしなくてはならないのだ。
それは、ケインとしても辛い。
「マザーの件が片付けば、仕事も楽になるしな…」
「お前はそればっかりだな」
「当たり前だ。ユリウスの我が侭のために、どうして俺たちがここまでしなくちゃならない」
「ユリウスは絶対だから…」
ケインの一言に、ダリッシュは溜め息をついた。
そして、ケインに向かってただの一言。

「俺にはそんなつもりは更々無い」

と、告げたのだ。
一緒に居ても遠い存在。
ケインにとって、ユリウスは掛け替えの無い存在だろうけれど、ダリッシュには疎ましい存在だ。
一緒に育ったのに、一緒に居たのに。
互い抱くユリウスへの感情はどうしてこんなにも、かけ離れてしまったのだろうか。
離れていく背中を見つめて、ケインは何も言えずにただ立ち竦む。
その背中は、ただただ、遠い…―――








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