LONG

□血の鎖 第八章
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あれから、三日が過ぎた。
アイドも、レイジも未だヨヴェンヴァで療養生活を送っている。
あの日の、辛い気持ちを、まだ、忘れられずに。



キィ…
重い扉を開けて、レイジは部屋の中を見つめた。
いつになく、重たい表情。
彼女を失った悲しみは、未だ大きい。
でも、彼以上に、アイドもまたそのことを引きずっていた。
あの日。
彼女が死んだ日。
レイジは、アルバインタインを殺したいと思った。
だけど、彼女が帰ってくるわけではないと思い直し、同じ衝動に駆られるアイドのことを、止めた。
アイドは、「どうして」と問い掛けながら、また泣いて、レイジはどうしようもないまま、彼と共に、この雨が上がるのを、待っている。
くすんだ空。
重く分厚い雲は、大量の雨を吐き出して、まだ尚振り続ける。
まる、三日。
まるで、この痛む胸の内側の涙のように、ずっと振り続けている。
流されればいいのに。
この痛みも全て。
持って行ってくれればいいのに。
この悲しみごと、全て。
でも、物事はそうはいかないのだ。
忘れたいと望んでも、そうはならない。
胸の痛みを失くしたくても、そうはならないのだ。
日に日に蘇ってくる。
短かった時間が、更に心の奥を痛めて。
涙を溢れさせるから、厄介だ。
レイジは、目元を拭って、部屋の中に足を踏み入れた。

「アイド」
声を掛ければ、どんよりとした空を見つめ、ベッドに座っている彼が、こちらを振向いた。
「レイジ…」
「また、ご飯食べなかったんだね」
片付かないままの、昼食を見て、レイジが言う。
「…食欲、ないんだ…」
ぽつりと、零れた言葉。
震えている、気がした。
「でも、少しは食べないと…もう、三日だよ?」
「…食べたく、ない…」
「アイド」
レイジは、膝を床につき、彼の目を、下からのぞきこんだ。
目の下には、くま。
目は赤く、潤んでいる。
(眠れ、なかったんだな…また)
「このままじゃ、アイドの身体が持たないよ」
「…いい」
食べたく、ない。
そう言って、アイドは眼を閉じた。
この三日で、二人は相当に疲労困憊している。
それでも、レイジはアイドより年上な分、彼を支えなければならない。
この子は、フュームのことを、悔いている。
何もしてやれなかったと。
幸せにしてやれなかったと。
悔いているのだ。
「…腕と、脚、痕…残らないといいね」
話題を変え、そっと包帯の巻かれた右腕に触れた。
ビクッ、と震えた指先。
レイジは、アイドの指先に自分の指を重ねる。
「…傷、まだ、痛む?」
「…ん、大丈夫…だ」
魔力治療を、してあげたくても今は、出来ない。
出来ない理由が、ある。
ちらりと、動かした目線の先。
アイドの左手には、未だ、重い鎖が巻きついたままなのだ。
これがあると、体外からの魔力も全て、拡散されてしまうため、魔力治療が、行えない。
「これ…、取れないん、だって…?」
「…あぁ…」
アイドは、左腕を持ち上げ、ふっと、笑った。
「アルバインタインが、あの状態じゃ…解除は難しいって…」
呪響鎖は、取り付けた人物にしか取り外す事ができない。
だが、アルバインタインは先の戦いで、自らが作り上げたモルダルヒネヒトに犯され、瀕死の重態。
彼を、捕らえた警察の、管轄病院に入院している状態だ。
「…魔力治療で、徐々に体内の毒を緩和させて…モルダネヒネヒトの抑制を、試みてるらしい…」
呪響鎖に犯されているアイドの元に、警察の人間が来て、告げた内容を、レイジに告げた。
「…容態が回復に向かえば、或いはこれを取り外す事もできるだろう…って。」
「…そう」
腕を下ろし、アイドは、シーツを、握り締めた。
「…術者が、死ねば…取り外す事も、出来るらしい…けど」
「…警察は、それはしないだろうね…」
頷く、アイド。
アルバインタインの逮捕は、警察や軍にとっては有り難いものだったのだ。






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