LONG

□血の鎖 第六章
3ページ/32ページ

「アイド様、アイド様。これは何てハナですか?」
「ぇ…?」
フュームは道端に咲く、小さな花を指差して、訊ねる。
「ぇ…あ〜…」
花の名前など、気に留めた事のなかったアイドは、それがなんと言う花なのか判らず、答えに詰まってしまう。
答えを待って、ウキウキしている彼女に、レイジがそっと笑いながら教えた。
「それは、ユルミーネの先咲きだよ」
「ユルミーネ?」
「うん。その花はね、寒い季節以外の全ての季節でゆっくりと花を咲かせるんだ」
ユルミーネは、二段階の花の咲き方を見せる。
春に双葉や、蕾といった極普通の育ち方をした後、夏から秋の初めに掛けて、先咲き…つまり、第一段階の花を咲かせ、次に秋の間中緩やかに第二段階の花を咲かせるのだ。
「ユルミーネの花がちゃんと咲いているのを見れる時期は、もう少し先かな。」
今は、まだセテーブ(9月)。
ユルミーネの第二段階の花が咲くには、もう少し時間が掛かる。
「レイジ様、何でも知ってるですね」
「そう?」
にっこり笑ってフュームの頭を撫でるレイジ。
アイドは少し、申し訳なさそうな複雑な顔をした。
何か、色んなことをフュームに教えてやりたい気持ちはある。
だけど、自分は世の中の『日常』や、『普通』には無頓着すぎて、結局は、レイジに頼ってしまうのだ。
レイジは、アイドから見ても博識だ。
いや、一般常識の面で見れば普通、なのかも知れないが、それでも、自分の知らない事、沢山知っているレイジは、凄い。
そして、如何に自分が今まで物事に関心がなかったのか、痛感させらる。
特に、フュームを引き取ってからは、それを強く感じている。
レイジは気にもしていない様子だし、フュームだってそうだろう。
だけど、フュームを引き取った責任は自分にあって。
自分がレイジに色んなものを貰ったように、フュームにも色んなものをあげたかった。
何かしなくちゃと思うのに、何か教えてあげなくちゃと考えるのに。
無知な自分が歯痒いばかり。
専門的な知識や、一般人があっと驚くような難しい定義、論理。
そんなものならいくらでも出てくるし、多分頭の働きは通常の人間よりもいい。
だけど、だめなのだ。
世間を締め切った世界に生きていた彼には、『普通』のことが判らない。
小さな事や、些細な事。
それこそ、花の名前や、動物の名前。
季節を廻る、風の匂いや、そういった…様々な、風情に無頓着で困ってしまう。
だって、一緒に愛でる人などいなかった。
今まで一度だって、そんな風に生きたことがなかった。
自分を育ててくれた夫妻と過ごした時間の中でも、自分は他の事を覚えるのに精一杯で。
だから。
逆に、色んなことを、フュームと一緒に教わってる気がした。
別にそれが、悪いとか、嫌だとかそういう風には思わない。
いろんな物を見て、自分の世界が広がるのが判るし、そうやって、色んなことを知れるのは、きっと嬉しい事だから。
だけど、何だかやっぱり、苦々しい思いも、確かにあるんだ。

俺は、フュームに何かをあげれるのだろうかと。






.
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ