君の声が聞きたくて

□君の声が聞きたくて(第一話)
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「水無月、すまんが頼まれてくれないか?」

普通の教師が僕に頼みごとをした。

窓から差し込む朝日が目にしみる。

普段と何も変わらない日々。

それは何よりも幸せであることを、水無月優は知っている。

だってそうでしょう?

実際にドラマや漫画であるようなことが現実にあたら恐いじゃないか。

たとえば魔物に襲われたり。突然魔法が使えるようになったり。いきなりハーレムになったり。

現実にあったら疑うし、白い目で見られるし、混乱はするしでいいことなんて何一つない。

ノートの山を抱えながら彼は延々と考える。

こんなことを考えるのは、きっと水無月自身が「普通」ではないからなのだろう。

見た目の話ではない。

見た目の話でいえば、水無月は高校二年生の中、つまりは同学年の中では小柄で、前髪が顎まで来るぐらい長い。

また、いつも下を見ているせいか、はたまた休み時間は一人でずーっと小説を読んでいるからか、見ただけではちっさくて暗めの子、としかわからないだろう。

ぼーっと、考えながら廊下を歩いていたその時だった。

ノートの山で前が見えなかった。

ついでに言えば考えごとをしていた。

前髪が長かった。

どんっといった次の瞬間、視界が反転した。

要するに人とぶつかったのである。

まったく、痛いよね。

あー、運んでたノートの山がバラバラになってる。あつめないと。

「おい、大丈夫か?」

あれ、この顔、見たことがある。

確かクラスメイトの北原春吾、だったかな。

上半身を起こす。

北原が形のいい大きな手を差し伸べてくる。

少し目つきの悪い目で、僕を見つめてくる。

そこには、悪意とか、うっとうしさとかは感じられなかった。

「立てるか?」

その動きは自然だった。

だから、つい、その手をとった。

助けをかりて、二本足で立つ。

「どっか怪我とかないか?」

痛いけどそういうのはない。

僕はうなずいた。

そして、彼の手を離す。

ノートを手早く集めて、彼にお辞儀をして、走って教室に駆け込んだ。

彼の眼を見ないで。

見れなかった。
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