ゴンキル以外小説

□胸を射る蒼の瞳
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ゾル家に迎えに来たゴン達と合流すべく執事室に向かうキルアと、それを見送るカルトの話です。





石畳に囲まれた廊下はひやりと薄暗い。
天井から照らす灯りはおぼろげで、真っ直ぐ伸びた廊下の先を微かに照らす。
その冷たい道でボク達はキル兄さんを待っていた。

ものの十秒もたたぬうちに、兄さんが暗闇から現れる。
普通の人間ならば靴音ひとつ立てずに現れた兄さんに驚くのだろう。でもボク達は暗歩が癖になっているから、何とも思わず行く手を阻んだ。


「どけよ」


氷の刃のような声と瞳がボクへ、というよりボクの少し前でヒステリックに叫ぶお母様に注がれる。
その視線に兄さんを止めようとしていたお母様が思わず道を譲った。立派になって、と感動に緩んだ口元がすぐに心配そうに結ばれる。


「…!」


一瞬、いや一瞥と言うのかな。2人の様子を見ていたボクに、通り過ぎざま兄さんが視線をよこし、姿を消した。
いつもなら家族の殆どを嫌っている兄さんは、お母様の側にいるボクを見ようとしない。


“イル兄さんに恐怖し、ミル兄さんを嫌い、お母様を軽蔑する兄さんは、ボクの事をどう思っているんだろう?”


そんな疑問がふと浮かび、いてもたってもいられず兄さんの後を追いかけた。


「カルトちゃん!?」


背後でお母様の甲高い声が響いたけど、不思議と立ち止まる気にならなかった。






☆ ☆ ☆




廊下を走り去った兄さんは、家を出てすぐに速度を落としたらしい。執事室に向かう森の中を歩く背中が小さく見える。
気配を殺し、兄さんと同じ速度で後をつけた。
兄さんと違い、ゾルディック家の一員として従順なボクは既に念を習得している。だから絶を使えばそう簡単に見つかることはないはずだ。

でも、こっそり後をつけてボクはどうするつもりなのかな…。
兄さんの友達。とくにあの、この世の闇など関係ありません、と言わんばかりに真っ直ぐボクを見たあの人を殺すつもりなんだろうか。

思うまま飛び出してきたボクの心臓が、どくん、と跳ね上がった。
殺しの前の、拷問の前の、神経の高ぶり。それが鼓動と共にどんどんどんどん膨らんで、ボクを誘惑する。


あの人がいなければ、きっと兄さんは戻ってくる。
いや、あの人に会わなければ、とうに兄さんは戻ってきていた。
そうすればもっとボク達と、


「何やってんだよ」


思考を遮るように、すぐ側から兄さんの声がした。
慌てて気配を消したけど、後のまつり。キツイ瞳の兄さんがこちらを睨んでいるのが解る。

興奮すると絶が途切れるのはボクの悪い癖。解ってるのに止められないなんて、まだまだ未熟な証拠だね。


「おい」


痺れを切らした兄さんが近付いてくる。仕方なく木陰から姿を見せると、兄さんはすっと周囲を警戒した。
多分お母様が一緒だと思ったのだろう。ボクは小さく首を振った。


「ボクだけだよ」
「…ふぅん。で?」


事実と認めた兄さんは、ポケットに両手を突っ込んだままボクを見る。
さっきと同じ、冷ややかな視線。偽りなど許さないと語る瞳は、兄弟に注がれるものじゃない。敵に対するそれだった。


「…別に、何でも」
「あっそ、じゃあオレ行くから」


あっけない。実にあっけなく兄さんはボクに背を向ける。警戒を解かない背中は家族を、ボクを拒絶している。


どうして。


上の兄が幽閉されて、イル兄さんに矯正されて、ようやく余計な想いを捨てたと思ったのに。
ボク達には家族しかいない。必要ない。執事以外に係わる相手は、依頼者かターゲット。そう教わった。そう理解した。


なのに、なのに、なのに。


兄を迎えに来たという奴らの顔が浮かぶ。特に兄さんと同い年ぐらいの少年の顔。
やっぱりアイツ。アイツが兄さんを攫っていく。いつだって兄さんを奪うのは純真な仮面を被った悪魔なんだから。


「お前さ、」


とうに行った筈の兄さんが戻ってきていた。黙って見上げたボクに深い蒼がわずかに曇る。開いた口は珍しく言いよどみ、何故か寂しげに瞳が揺れた。

どうして兄さんは戻ってきたんだろう。ボクのことなどさっさと捨てて、どうして行ってしまわなかったんだろう。
頭がぼんやりする。兄さんの哀しそうな顔が不思議で、目が放せない。


「…ったく」


やがてお父様譲りの銀髪をガリガリ掻きむしった兄さんが、仕方ないとばかりにひとつ大きく息を吐いた。
そのまま今度は息を吸って、ボクの頭にポン、と。一つ上の、今は幽閉されているあの人に対してするように、初めてポン、と手を載せた。


「女の子なんだから、怖い顔ばっかすんな」


まぁ、この家にいたら仕方ないけどな。と苦く付けたし、ひらり、と手を振る。
その、初めて注がれた寂しげな表情と接触にボクは呆然となった。


兄さんは変わった。イル兄さんの呪縛から逃れてもいないのに。いや本当の呪縛に気付いてすらいないのに、自分の足で歩き出した。

足元を見ると、森の中を走ったと思えぬほど真っ白な足袋と草履。黒い振袖。
監禁されている一つ上の兄も、ボクも、男として育てられた。ゾルディックの子供に女は要らない。ボク達はキル兄さんが壊れた時の言わば保険のようなものだ。

つまり兄さんの次の後継者候補。その為にボク達は男として育てられ、でも着物だけはお母様の意向で女物を身につけている。
だけどそんなことボクはどうでもいい。男とか女とか関係ないし、それで仕事がやりやすくなるなら好都合じゃないか。

だからボクを女扱いするな。だからボクを、


「憐れむな」


つぶやきはきっと聞こえている。でも兄さんはそれっきり振り返ることなく、森の向こうに消えて行った。


黄昏の森に一陣の風が駆け抜ける。ざわざわと木の葉が擦れ合い、袂がぶわりと舞い上がる。
見上げれば踊る木々の隙間から茜と黒が混ざりあい、刻一刻と闇に呑まれていくのが解る。

暗い森。木々の鳴く音。ボクには何ともないこの状況も、女ならば怖いと思うのだろうか。
そう言えば、兄さんはボクの手を引いて歩いてくれたのだろうか。


馬鹿みたい、とボクは顔をしかめる。そんなこと思いもしないし、兄さんだってするわけがない。



くるり、と踵を返すとボクは兄さんと逆方向に走りだした。木々の隙間を駆け抜け、苛立ちのまま逃げ遅れた動物の首を次々刎ねる。

やっぱり兄さんは変わった。それは執事室で待つ仲間達と出会ったから。
そのせいでボクまでどこかおかしくなってしまったんだ。




数秒で森を抜け、屋敷の入り口に辿り着く。
ドアに手を掛けなんとなく振り返ると、昏い森が嘲笑うようにざわりと揺れた。





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