異なる世界

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灰色の空を覆う寒空。季節は冬となっていた。
日に日に寒くなる日々に着重ねる服が増えていたがその数も減ろうとしていた。
四季の暖かい季節の訪れを知らせるピンクの小さな花はまだ蕾のまま木にぶら下がっていた。

今日は零の予定がなく、デパートに二人はやって来ていた。
車から降りれば、浅く被っていた帽子を深く被り直す。
その様子を見ていた零は考えるように顎に手をやり、行きましょうかと歩き出した。
行き場所を伝えないままに歩き出す零にどこに行くのだろうと不思議に思いながら着いていく。
デパート内を歩き、着いたのは帽子を専門においている店。

「その帽子もずっと使っているだろ?」
「そうだけど、まだ使えるよ?」
「新しいのを買ったらどうだ?…帽子がある方が落ち着くんでしょ」

小声で言われた言葉に吃驚して彼を見上げる。
そう言われてしまうと返す言葉がなくて、帽子のつばを掴み深く被ると頷く。
では行こうかと、背中を押された小鳩は強制的に店に入る羽目になってしまった。
好きなのを選んでね、とにっこり笑い違う場所にさっさと歩いていったしまった零を呆然と見送ってしまった。否定する間もなく何処かに行った零に小鳩は溜め息を吐き、仕方なく色んな種類の帽子が並んだ棚を眺めたのだった。

―――…

一つだけ手に取り、零の元に行けば彼の手には色んな種類の帽子に、ヘアーバンドにカチューシャと言ったヘアーアクセを持っており、小鳩の手に持っていた帽子を取り上げるとさっさと会計の方へ行ってしまったのだ。
ポカンと唖然と様子を見ていた小鳩はハッと気付き、慌てて彼の元に走る。
彼の元に行った時には既に会計を済ませ終わっており、笑顔でありがとうございましたーと告げる店員に、小鳩を待っている零が笑顔で立っていた。
その手には大きな一つの紙袋。

「いっぱい買ったんだね。誰かにプレゼント?」
「全部小鳩のだよ?」
「は…、な、なにやってるの?!」
「僕がしたくてやっているんだよ」

自分でも珍しく声を荒げたと思う。
彼の行動に動揺していると、零は困ったように笑いながらも次に行こうかと小鳩の手を取り歩き出した。

「そういう衝動買いダメだよ…、私にも一言言ってよ」
「言ったら断るだろう」
「…それはそうだけど……」

自分の物を買わずに小鳩のものばかり買う事が不満なのだ。
この恩はどうやって返そうか、と零に引っ張られながら考えていると彼の足が止まったことに気づかず前にあった背にぶつかってしまった。

「ちょっと此処で待っててくれる?すぐ戻ってくるから」

背中に当たった頭を擦りながら指差された方を見れば休憩用の長椅子が通路の真ん中に置かれていた。
座っている人は今のところ誰も居らず、わかったと頷く。
手渡された紙袋を大切に持ち長椅子に座り込む。
零は小鳩の頭を帽子越しに撫で、すぐに戻ってくるともう一度言うと駆け足で行ってしまった。
きっと何か必要なものを買いに行ったのだろう。
すぐに戻ってくると言っていたので、暇を潰すため周りにある店を眺めていると、すみませんと女性の声が近くから聞こえた。
聞こえた方に視線を向ければ、40後半ぐらいの年齢の女性が小鳩の前に居て、困ったように自分を見ていたのだ。

「…どうしたの?」

自分のことをジッと困ったように見てくるものだから仕方なく聞くことに。
無視しようにも視線をずっと感じるまま無視するなんて自分には出来ない。
どうやら女性は財布を無くしたみたいで、さっきまで此処で休憩していたから此処で無くしたのではないかと戻ってきたみたいだ。

「黒い長財布なんだけど見なかったかしら?」
「見てないけど…」

椅子に座る時には黒い財布などなかった。
どうしようと困り果てている女性は椅子の下を覗いたりして探し始めている。
そのままジッと座っているわけもいかず、小鳩も周辺にないか探すのを手伝うことにした。
必死に探している女性の反対側を見る事にした小鳩はとりあえず辺りを見渡す。
見る限りには黒い財布はない。
死角になる場所に落ちているんじゃないかと、大きな観賞植物が置かれている隅を覗いてみると

「あ、これの事?」

長椅子からさして離れていない観賞植物の植えている鉢に隠れて黒い財布は落ちていた。
手にした財布を女性に見せれば、彼女の財布だったみたいで駆けつけた女性はホッと安心したように息を着き、礼を言った。

「ありがとう。見つかってよかったわ」

中を確認した女性は再度、ありがとうと笑顔で礼を告げる。
それなら良かった、と長椅子に置いたままの紙袋が心配で戻ろうとしたら女性に腕を掴まれた。
何だと、尋ねようとする前に女性は小鳩と距離を寄せ、内緒話するかのように耳元に口を寄せる。

「…バーボン」
「…?バーボン…?」

突然の行動に女性を不審に思いながら、聞いたことのない言葉に眉を寄せ小首を傾げる。
小鳩のその行動に女性はへぇ…と意味深に笑みを深めると、妖艶に微笑んだ。

「彼によろしくね。…また会いましょう子猫ちゃん」

それだけを言い残し、距離を離した女性は背を向け歩き出した。
背後から聞こえてきた駆け足と共に聞こえた零の声に振り返れば近くまで彼は戻ってきており、もう一度女性の去った方に視線を向ければ、人混みにまみれたのか女性の姿は消えていた。
不可解な表情と意味深な去り際の言葉に更に眉を顰める。

「小鳩!今の女性は…!何かあったのか?」

急いでやって来た零は小鳩の顔を覗き込み心配そうな顔をしている。
彼の手には何かを買ってきたのか紙袋を手に持っていた。

「…バーボン」
「…っ!?」
「って何?」

なぜだか凄く驚いている彼を不思議に思いながら疑問を口にすれば、彼は悔しそうに表情を歪ませ…でもそれは一瞬で消え去り無理に笑ったように微笑んだ。
今は外にいるのだ、安室透を演じなければならない。

「この件は帰ってから話す。今は…」

手を顎に当て真剣に考え込む彼を尻目に小鳩も思考を巡らせる。

彼の悔しそうな顔…彼によろしくねと言った怪しげな女性、…まさか潜入先の組織の女…?

初めは何も感じなかったが、去り際に見たあの視線…あれは不快感にさせる瞳をしていた。
今思うと隠されていた財布は不自然に思える。
あの探るような視線を思い出し眉間に皺を寄せていると、肩を掴まれた。
掴まれた手は体温を無くしたように冷たく感じて、真剣に視線を向けてくる彼を心配して見上げる。

「…小鳩」
「何?」
「…僕の言った通り行動してくれるか?」
「…それを貴方が望むとあれば」

拒否するつもりなど微塵もない、そう意味を込め言えば彼は何故か眉を顰め、でも瞳は悲しげに揺れていた。
手を引き、歩き出す零に抗うこと無く着いて歩く。
向かっている場所なんてわからない。歩いてる途中彼にメールが届き、

[毛並みのいい子猫ちゃんね。警戒心の強いし、よく躾されているように思ったけど…彼女一体何者かしら?バーボン?]

あの女性からの連絡だと、それを見て顔を顰める彼が繋いでいる手を強く握りしめる理由など小鳩にはわからなかった。
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